October 16, 2026

銀杏峯(げなんぽ)

1週間前に水後山にて冬山に向けてのリハビリ登山を始めたところだが、10月の3連休は、再びワンゲル部山小屋をベースにして、北陸・東海方面の山でトレーニングを行った。連休の初日は、福井の銀杏峯を福井在住のワンゲル部OGと小葉谷登山口から周回した。銀杏峯は2013年1月にスキーで滑って以来のほぼ13年ぶりの来訪で(2013年1月13日の記録)、無雪期に登るのは初めてであった。

宝慶寺いこいの森の駐車場に集合し、1台の車で小葉谷登山口に向かった。小葉谷登山口には10台ほどの駐車スペースがあり、先着の車は1台だけだった。

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小葉谷登山口からの登山道は道路を挟んで駐車場の向かいにあり、入口に鳥居がある。

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樹林の中を登る。途中に沢から水が引かれた水場があった。

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いったん林道に出て、再び樹林の中の登山道に入る。ここから急登に喘ぐことになる。

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ナナカマドには赤い実が実っていた。

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テングタケ。

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サルナシの実は採り頃。

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ヤマボウシの実。

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急登を終えると、山頂部である極楽平に出る。

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山頂部は広く、奥の高い所が最高地点である。木々の葉は色づいてきている。

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リンドウの花が咲いていた。

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山頂に到着する。登山口から2時間半ほどの登りであった。山頂には何やら小さな小屋がある。

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小屋の中には祠があり、2体の仏像が安置されていた。

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北東方向には白山などの展望。奥穂高岳と示されている山は荒島岳で、その背後に奥穂高岳がある。

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東方向には木曽御嶽山と乗鞍岳などの展望。

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南東方向には能郷白山などの展望。

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南西方向には、伊吹山、大峰や比良の山々まで眺められた。

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東方向の北アルプス方面を拡大する。翌日に登る予定の奥美濃の大日ヶ岳も眺められた。

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西方向には福井平野と日本海も眺められた。

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のんびりと山頂でくつろいだら、大野盆地に向かって下山する。

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前山までの尾根道の下りは斜度的にも緩く、ブナ林の中の気持ちのよい下りであった。13年前に宝慶寺からスキーで登った尾根でもあった。

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小ピークの前山に出る。ここからは宝慶寺方向に下る道から逸れて前山新道を下る。

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前山新道は一転して、かなりの急下降の道だった。急下降の箇所にはロープが固定されていた。

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林道に出て、急登を終える。前山新道の入口を振り返る。往路に使った小葉谷登山口からの道も急だったが、前山新道はそれ以上に急だった。今回の逆回りはあまりお勧めできない。

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林道を下って、小葉谷登山口に戻る。山頂から1時間40分ほどの下りだった。駐車している車の台数が増えていた。登山中は誰にも会わなかったが、どうやら他の登山者と時間がズレていただけであったようだ。

冬山に向けての体力はまだまだ不足気味であるが、天気に恵まれて展望を堪能でき、気持ちよくハイクを楽しめた1日であった。下山後は大野のスーパーで買い出ししてから、奥美濃にあるワンゲル部山小屋へ向かった。

GPS等の記録はヤマレコにアップしている。

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October 06, 2026

水後山とワンゲル部山小屋周辺の自然

ワンゲル部山小屋の竣工60周年祭の前日に、遅めの出発で、満天の湯から水後山を往復してきた。

8月中は職場の引っ越しがあり、山に行けず、9月に入ってからようやく渓流釣りには行っていたが、ハイクは実に久しぶりである。これから冬山に向けて体力を向上させていかねばならないが、まずは軽いハイキングでリハビリスタートである。

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最初は植林の中の登りである。

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登山道は途中からウイングヒルズ白鳥スキー場のゲレンデの端を通る。夏場はかんかん照りとなるため、暑くてとても登れない箇所だが、ようやく涼しくなって登る気になれる。

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アキノキリンソウと吸蜜中のウラナミシジミ。

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ミドリヒョウモン。

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ミズナラのドングリ。

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クリの実も落ちていた。

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ゴンドラの山頂駅まで登った。この直下は急登であった。

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振り返ると毘沙門岳と白鳥高原が眺められる。よい天気である。

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ゲレンデから樹林の中の道に入る。

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ヤマウルシが鮮やかに赤く紅葉していた。

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ナナカマドには鮮やかな赤い実が実る。

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トチノキの実。中にはクリに似た種子が入っている。

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ブナ林の中を歩く。

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ブナには実が実っていた。この秋は木の実は豊作のようだ。

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大きな岩があって、左から巻いて登る。ここは冬にスキーで行くと、雪壁になっていて登りに難儀するところである。

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水後山までもう少しである。

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登り切った所が水後山の山頂である。時間があれば鎌ヶ峰を経て大日ヶ岳まで登ることができる。冬はこの先は細い稜線となり、前谷川側に雪庇が発達する。そのためスキーでは水後山までとなる。

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大日ヶ岳方面の眺め。

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大日ヶ岳の右側には乗鞍岳と木曽御嶽山が眺められる。

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さらにその右には中央アルプスから恵那山も眺められる。見事な快晴で、山もよく見えた。

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山頂部によくいるキアゲハ。山頂で十分に展望を楽しんだので、そろそろ往路を戻るとするか。

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戻る途中で、白鳥の町を見下ろす。

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枯れ木に古くなったウスヒラタケを発見。

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ゲレンデトップに戻る。

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チャイロスズメバチが日光浴していた。このハチの女王バチはキイロスズメバチやモンスズメバチの巣を襲い、家主の女王を殺して巣を乗っ取るという生態をもつ。

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ゲレンデ上ではトノサマバッタをよく見かけた。褐色型ばかりで緑色型は見なかった。

山小屋周辺では以下の動植物も観察できた。

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アオバト。山小屋のすぐ横にあるカラマツの木にいた。

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ウグイス。なかなか姿を見せないが、山小屋周辺の草むらに潜んでいる。結構地味な色で、秋はホーホケキョとは鳴かず、チッチッという地鳴きしかしないので、ウグイスとわかる人は少ないかもしれない。

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ユウガギクで吸蜜するイカリモンガ。チョウのように見えるが、ガの仲間である。

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ミゾソバ

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林道上にはえていたキノコ(種類不明)

展望と自然を楽しむことができた1日であった。紅葉にはまだ早かったが、色づき始めた木々の葉はあり、ブナ、ミズナラ、クリ、トチなど秋の実りも十分な模様で、この秋は山の動物たちとっては餌に困らないかもしれない。クマの人里への出没も減ってくれるとよいのだが。

GPSログ等の記録はヤマレコにアップしている。

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桧山荘竣工60周年祭

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私が顧問をしているワンダーフォーゲル部が奥美濃に所有する山小屋こと「桧山荘」が、今年(2026年)で竣工から60年を迎えた。

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それを記念して、10月3日〜4日に、桧山荘で60周年祭が行われた。

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60名近い老若男女が集まり、その顔ぶれは、桧山荘の建設に携わり桧山荘の歴史をスタートさせたOBたち、現在も桧山荘の歴史を作り続けている現役部員たち、そしてその間を埋める歴史を作ってきたOBOGたちであった。その他にOBOGの家族や友人の参加もあった。

桧山荘の建設に携わったワンダーフォーゲル部5期生であるOBのTさんによると、この奥美濃の地に山小屋を建設するに至った経緯は、1963年1月に行われたワンダーフォーゲル部創部後初となる本格的な山スキー合宿に遡ることになる。この合宿は、福井県勝山市の法恩寺山にある伐採目的の小屋(?)をベースにして行われた。1962年8月に部員数名で勝山入りし、勝山市役所に山スキー合宿ができそうな場所はないかと相談した。翌日に、法恩寺山を含め、地元の山岳関係者を紹介された。その際に地元の山岳関係者に紹介されたのがこの小屋であり、夏場だけ利用され、冬場は積雪のために閉じられていた。その年の11月の秋合宿で、小屋の視察、荷物(鍋、食器、ホエーブス(ガソリンコンロ、スコップ、食糧等)の小屋への荷揚げ、登山道沿いに赤布でのマーキングなどの作業を行った。現在、法恩寺山の西側には、スキージャム勝山がある。

そのような準備を終えて、ついに初の山スキー合宿の日を迎えたが、現地に着くと、あまりの大雪にびっくりしたそうである。先発隊7名は登山口からスキーで登山開始したが、シール登行に慣れていなかったためであろうか、途中の急登からワカンに履き替えた。そこからは全身が雪に埋まるラッセルとなり、小屋に到着するのに2日を費やしたそうだ。現在の新雪用のファットスキーであれば、雪に沈まず、深雪でも比較的楽にラッセルはできるのだが、おそらくシール登行の経験がなかったための判断であろう。先発隊の苦労のおかげで、本隊はラッセルの苦労をせずに1日で入舎できたそうである。なお、この大雪は後々有名になった三八豪雪で、2日間で2m以上の降雪があったそうである。三八豪雪は、1962年(昭和37年)11月末から1963年(昭和38年)2月初めまで、約1か月にわたり北陸地方を中心に東北地方から九州にかけての広い範囲で起こった雪害(豪雪)で、全国で死者228名、行方不明者3名の被害となった。山岳遭難としては、北アルプスの薬師岳で愛知大学山岳部の13人が死亡した遭難事故、北海道の大雪山系の旭岳で北海道学芸大学の山岳部10名が死亡する遭難事故が発生した。

肝心の山スキー合宿であるが、全て初めての全くの手探りの合宿となった。全員がゲレンデスキーしか知らないメンバーだったので、山スキー訓練を始めたはよいが、全員が最初は新雪深雪滑りに苦労し、ターンさえできない状態でだったそうである。そんな状態でも、初の合宿はとりわけ新鮮であった。この小屋を紹介した山岳関係者も同行し、スキー指導にあたったため、合宿の内容も充実していたのだろうか。今後も続けたいという大声と歌声が小屋中に響いたとのことである。合宿終了後、部員たちにそのような合宿ができる独自の山小屋がほしいという気持ちが高まっていったのは言うまでもない。

その後、OBと当時の現役において山小屋設立のための話し合いが続けられ、数年間で夢からどんどん現実化へ進んで行く。そして候補地が白馬と現在の奥美濃の2つに絞られた。現地を下見した結果、現在の山小屋と満天の湯の間を流れる小川にイワナがいたことが決め手になったようだ。イワナは現在でもその小川に生息している。問題は山小屋建設のための資金集めである。その当時の現役部員たちが、ダンスパーティーのチケットを売ったり、アルバイトをしたり(ほぼ強制)、OBの寄付金により集めたそうである。当時の部員の多さを考慮し、2階だけで80名は収容できるようにしたいということで、九頭竜ダムに埋まる予定の合掌造りの古民家を譲り受け、解体、運搬、建設となった。もちろん大部分の作業は当時の現役部員たちだけによって行われたため、その苦労は計り知れない。そしてついに1966年(昭和41年)11月6日に桧山荘竣工式が行われ、当時の学長も遠路はるばると参加してくれたそうである。当時は同じ公立大学である東京都立大学ワンダーフォーゲル部と良好な交流関係があり、東京都立大学ワンゲル部の部員たちの参加もあったそうである。

それから60年の歳月をかけて、現在までの桧山荘の歴史が作られていったのである。私は顧問として現在までの10年間の桧山荘の歴史を共有しているに過ぎない。桧山荘建設に至る経緯についての話が長くなったが、60周年祭の報告に戻りたい。

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たまたま60周年祭の前日に休暇が取れたことから、私は前日に山小屋に入舎し、山小屋から最も近いメジャーピークの水後山を往復してきた。

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他に2名ほど前泊者がいたことから、その夜は前夜祭となった。

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60周年祭の朝を迎える。60人近い人数が山小屋に泊まることになるため、事前に各自が寝る場所を決めておかねばならない。十分に1人が寝返りできる広さでテープにて区割りを行った。まるでフェリーの2等船室のようであるが、コロナ前の混雑した営業小屋よりは1人当たりのスペースは広い。

正午前ぐらいから参加者が到着し始めた。大阪からはマイクロバスもチャーターしており、現役部員を含む関西からの参加者と、途中の岐阜羽島駅で関東からの参加者が乗車した。

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15時から開会式が行われた。まずはOBOG会の会長が挨拶。

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続いて、桧山荘管理運営委員会の会長が挨拶。

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最後に現役部員の主将が挨拶。

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乾杯の発声で、60周年祭の宴が始まった。

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持ち寄られた大量の酒類が並ぶ。

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夕食の準備をする現役部員。

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60人分のご飯は大釜でいっぺんに炊く。

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大人数分の食事メニューはやはりカレーライスである。本格的なインドカレーであったが、子どももいるので辛さは控えめであった。

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日没後はキャンプファイヤーが始まる。ゲームや歌などで盛り上がる。

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宴は深夜まで続いた。

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薪ストーブの周りに集う山小屋建設メンバー。私は朝食で食べたラードぎとぎとのガーリックライスでお腹の調子がよくなく、残念ながら早めに床についた。

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翌朝は8時から朝食タイム。メニューはサンドイッチとコーヒーで、卵、ハム、チーズなどを各自で食パンに挟んで食べた。

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9時から解散式で、参加者全員で輪になって、全員が一言ずつ感想等を述べた。

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最後に全員で記念撮影を行い、60周年祭は閉幕となった。

次は70周年であるが、今回の参加者全員が元気に参加できることを祈りたい。現役部員においては、これからの桧山荘の新たな歴史を作っていってもらいたい。私においては、今後の現役部員やOBOGたちに役立つように、これまで桧山荘周辺で開拓した山スキーや沢登りのルート集をそれまでにまとめたいと思う。

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September 01, 2026

2週間ぶりの山行はまたも高天谷遡行

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最近は職場の引っ越しに追われていたこともあり、週末は2週間ぶりの山行となった。行き先は、2週間前も遡行した金剛山の高天谷で、今季4回目の遡行であった。

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こう何度も高天谷に行くのは、寝坊してもサクッと行けて、お手軽にシャワーを浴びて滝登りを楽しめるからである。水量は2週間前よりやや少なめで、まったりと滝登りを楽しんだ。

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遡行後に金剛山の山頂まで登ったが、下りで古傷の右膝に痛みが出たのが少々不安材料であった。

GPSログなど山行の詳細についてはヤマレコをご覧ください。






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August 16, 2026

金剛山 高天谷 左俣:午後からサクッと遡行!

この夏は職場の引っ越し作業があるので、カレンダー通りにしか休めず遠征ができない。それでもそれなりに沢行を重ねていて、体の調子は上向いてきている。いよいよ引っ越し作業が週明けに迫ったこの週末ではあるが、何もしないのは体力の低下を招くので、通い慣れたホームの金剛山の高天谷を午後からサクッと遡行してきた。

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日中は暑いこの時期には登山者は早朝に集中するので、高天彦神社の駐車場は朝よりもむしろ正午ぐらいの方が空きがある、

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高天滝から入渓すると水量はやや多めで、夕立など雨はそこそこ降っているようだ。

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高天谷は今季3回目の遡行となるが(2026年6月13日と7月12日の記録)、全体的に倒木が増えた感じがする。10m大滝は流れが見えないぐらいに倒木で覆われていた。

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最近の沢行で体力がついたのか、比較的順調に問題なく進む。

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郵便道に出て、遡行終了。

沢シーズンもそろそろ終盤に入るが、引っ越しを終えたら遠征もしたいところだ。

GPSログなど記録の詳細については、ヤマレコの記録をご覧ください。

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August 05, 2026

奥美濃 初河谷遡行・倉谷川下降:高巻き地獄を超えるとナメ天国!

ハードな高巻きで大滝2つを超え、合計5つの主要な滝を越えた後には、ナメ天国が待っていた!

【日程】2026年8月1日(土)〜2日(日)
【山域】奥美濃・白山
【渓谷名】九頭竜川水系 石徹白川 初河谷・倉谷川
【メンバー】ワンゲル部主将、マメゾウムシ
【天候】8/1 曇り、8/2 曇りのち晴れ
【コー スタイム】
8/1 八反滝駐車場7:01〜八反滝下8:03-35(右岸高巻き1時間4分)〜第2滝下11:05-12(右岸高巻き57分)〜第3滝下13:13(右岸高巻き23分)〜第4滝下14:18-22(左岸高巻き1時間3分)〜第5滝下15:28(左岸高巻き18分)〜幕営地16:14
8/2 幕営地7:05〜第6滝下7:10〜初河山と1659の鞍部8:11〜1350m二俣9:08(倉谷川右俣)〜1170m二俣(倉谷川本流)10:05-28〜カンバタ谷出合11:08〜倉谷川下降終了(踏み跡末端)13:07〜倉谷川出合13:34-39〜八反滝駐車場14:08

石徹白川の支流である初河谷には、地形図では滝マークが4つある。その1つ目が八反滝である。かっては八反滝までの遊歩道が整備されていたが、現在は行く人も少なく、遊歩道の半分程度は消えかけている。私が顧問をしているワンダーフォーゲル部は近くに山小屋を所有しており、その山小屋をベースにワンダーフォーゲル部員たちとこれまで周辺の沢を遡行してきた。周辺のメジャーな沢はだいたい遡行済みではあるが、初河谷は残したままだった。初河谷は地形図に滝マークが4つあり、特に八反滝から始まる最初の2つの大滝は、ハードで長い高巻きが要求され、稜線上に登山道がないことから、入渓する沢ヤはそう多くはない。八反滝より下流部には釣り目的で入渓したことはあるが、年齢的にも体力の衰えから上流部を遡行するならば今しかない。そのような理由から、今回、ワンダーフォーゲル部部主将をパートナーにして、初河谷を遡行して源流部で宿泊し、翌日は初河山と1659の鞍部を越えて倉谷川を下降することにした。

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ワンダーフォーゲル部の山小屋で前泊し、6時半に八反滝遊歩道駐車場に着いた。石徹白川沿いを走る大杉林道には釣り人たちの車が所々に駐まっていたが、八反滝遊歩道駐車場には我々の他には車は駐まっていなかった。

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八反滝遊歩道は最初はしっかりした道だが、すぐに藪に覆われ、崩壊箇所も出てくる。遊歩道のほぼ半分程度は消えかけていると言ってよい。2週間前に来た時は石徹白周辺の沢は渇水気味だったが、今回はほぼ平水に戻っていた。夕立が多かったのかもしれない。

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スタートしてから1時間ほど歩くと、正面に大きな滝が現れる。これが八反滝で高さは30mぐらいだろうか。遊歩道は消えていて、沢に下りないと滝には近づけない。エスケープで往路を戻るときは、八反滝を懸垂下降することになるが、30mロープ2本で長さ的に足りるかが不安な高さではあった。

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日本登山体系によると、八反滝を左岸から高巻いているが、最近は右岸からの高巻きの記録が多く、所要時間も短いようだ。我々も少し戻った所から右岸の小尾根に取り付いた。標高差130mほどを登ると、大きな尾根に乗る。

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大きな尾根上を下りていくと、左から枝沢が入る。しばらくは枝沢の右岸沿いに下って行き、本流が近づいてきたところで枝沢を横断し、左岸を下っていくと本流に復帰した。枝沢の出合いは滝になっていた。

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本流に復帰するまでは、標高差70mほどの下降であった。八反滝の高巻きには1時間4分を費やしたが、順調にルーファイできたと思われる。大滝の上にもかかわらず魚影があったので、しばらく釣りをしながら進んだ。

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ワンピッチほど進むと、八反滝に匹敵するほどの大滝が目の前に現れた。地形図上の2つめの滝マークの滝である。高さは25mほどである。

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この大滝の高巻きも日本登山体系では左岸からとなっているが、八反滝同様に最近は右岸からの記録が多い。我々も少し戻った所から右岸の小尾根に取り付いた。

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標高差50mほどを登り、斜度が緩くなった所で、沢状地形をトラバースし、隣の尾根を越えて、標高差30mほど下降すると、落口の近くに出た。高巻きに要した時間はほぼ1時間で、今回も順調にルーファイできたと思われる。最初の2つの大滝の高巻きはかなりハードだったが、これで核心部は無事クリアとなり、少々気持ちが安堵する。

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沢にワイヤーの残骸があったが、かっては林業関係の作業が行われていただのだろうか。第2滝の上からは魚影は見かけなくなった。

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ミヤマシャジン

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地形図上の3つめの滝マークの位置に第3滝が現れる。15mほどの高さだろうか。

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この滝も右岸からの巻きで、草付きから取り付いた。

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23分ほどの巻きで落口の上に復帰した。これまでの大滝2つに比べると、高巻きに要した時間はかなり短く楽に感じた。

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しばらく進むと、地形図上の最後の4つめの滝マークの滝が現れる。高さは10mほどだろうか。今回の沢行では基本的にルーファイは主将に任せて、明らかに誤っている場合に口を出すことにしていた。この滝の対処をどうするかを任せたが、彼は巻きを選択した。高さはあるが、流れの右か左からの直登も可能であったと思われる。せめてそのトライぐらいはしてほしかった。

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第4滝の高巻きは、左岸のルンゼから取り付き、木が生えているバンドをトラバースするのだが、木が生えている所までの登りが岩盤上に薄い土が乗った泥壁でかなりイヤらしい。ここで念のためロープを出すことにした。トップを主将に任せたが、これがいろいろと問題が多かった。ただでさえ沢の音で声が聞こえないのに彼の声は小さく、ホイッスルさえもってきていないためお互いの意思疎通が困難であった。バンドのトラバース中は、中間支点をバンドの上方から取るべきなのに、下方にはえている木から取っていた。リードの終了地点が下方が見えない中途半端な場所で、もう一段上がれば下方の様子もわかったはず。おまけに下方の様子がわからないのに、そこから懸垂下降をすると主張する。滝下だったらどうする? 結局は、リードの終了地点から一段登ってみたことで、そこからノーロープで落口の上に復帰できることが明らかとなった。全体的に段取りが悪く、結構無駄な時間を費やしてしまった。おそらく直登していれば、1時間という時間は費やさなかっただろう。実践経験が少ないと現場でわからないことも多いかもしれないが、もう少ししっかり考えて行動してほしいところである。失敗しないと身につかないこともあるだろうから、しっかり経験を積んでほしい。今回の経験で、滝は安易な巻きよりも直登の方が安全面や所要時間の面でよい場合があることはわかったであろう。

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地形図上の最後の滝マークが終わり、ほっとしたのも束の間、地形図に滝マークがない第5滝が現れた。幅広の二条の流れが落ち、高さは8mほどだろうか。

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主将は流れの左からの直登を試みたが、落口の流れの水圧が強く突破できず。

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流れの右を直登できそうだったが、左岸を巻いた。滝の上は二俣になっていて、右俣に出たため、少し下降して本流である左俣に入った。巻きに要した時間は18分ほどだった。

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滝上はナメ天国が広がっていた。谷も開けていて、明るいのもよい。時間的にそろそろ今宵のテン場を見つけなければならない。

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途中、左岸に崩壊地があり、土砂が谷へ流れ込んでいた。主将に幕営適地を探してもらったが、前方に幕営適地と思われる台地が見えるのに、「流れ込んだ土砂の上はどうでしょう。」と言う。どうも主将のポンコツさを修理するにはもう少し時間がかかりそうだ。

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幕営適地と思われる台地は2人が横になれる広さは十分にあったが、増水した場合は水が流れてきそうではあった。天気予報的には大丈夫そうではあったが、今晩雨が降らないことを信じてツエルトを張った。私は既にヘロヘロ状態で、こんな高巻き地獄が続く沢登りは、とても還暦の老体が行う山行ではなかったのかもしれない。

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焚火で濡れた服を乾かし、炊事も行う。疲れた体に染みこむビールはこの上なく美味い。今季初のイワナの骨酒も作った。主将にも骨酒を飲ませたが、イワナのエキスが入った味はわからなかったという。

*****

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シモツケソウ

2日目は5時に起床し、7時過ぎにスタートした。既にだいぶ登っているので、初河山と1659の鞍部へは標高差150mを残すだけだった。

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すぐに第6滝が現れる。2段10mの滝である。右岸のルンゼから巻きに入る。途中で「右へのトラバースに入れ」と指示すると、「このまま詰めるのでは」と言う。どうやらこのルンゼを初河山と1659の鞍部へ詰める枝沢と勘違いしているようで、「方角が違うし、藪に阻まれるだろう」と指摘する。

主将はフエルトソールのため高巻きではチェーンパイクを装着していたが、装着したりしなかったりと行動が一貫していない。このルンゼもヌメった岩で明らかにチェーンスパイクは向かないにもかかわらず装着していて、もうすこし考えて行動してほしいところである。

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ルンゼからトラバースに入ると、流れのある枝沢に出た。方向的にこの枝沢が初河山と1659の鞍部へ詰める枝沢であった。第6滝の上にはナメが続くようで、それも見たかったが、面倒臭ささが出て、そのまま鞍部へ詰めることにした。

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鞍部の手前で藪漕ぎにはなったが、さほど苦労せずに初河山と1659の鞍部に上がれた。第6滝から1時間ほどであった。あとは下降だけである。反対側の斜面をササをかき分けながら下りていく。

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倉谷川の支流に出る。ここからは藪漕ぎから解放されるが、途中、倒木を超える箇所はあった。

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小滝を巻くことはあったが、大きな滝はなかった。

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倉谷川1170m二俣に出ると川幅が広がる。本流である左俣には滝がかかる。どうやらゴルジュの入口のようだ。

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これまで何度も遡行したカンバタ谷の出合を過ぎれば、倉谷川はよく知った谷である。安心して下降できる。

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2つめに現れた堰堤が下降の終了点である。1170m二俣から2時間ほどであった。ここから右岸にある踏み跡に入る。

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地形図では林道があるが、実際には踏み跡程度で崩壊箇所もある。30分ほどで倉谷川出合に出た。あとは石徹白川左岸沿いに走る大杉林道を30分ほど歩けば、八反滝駐車場に到着した。

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下山後は満天の湯で汗を流し、郡上味噌ラーメンで小腹を満たした。体が脱水状態のためか、味を薄く感じた。

今回、初河谷の遡行に成功し、ワンゲル部山小屋周辺のメジャーな沢は倉谷川の上流部を除いてほぼ遡行済みとなった。山小屋周辺での山スキーの記録も含めて、そろそろ一連の記録を後進のために整理してもよい時期かもしれない。追々その作業を進めていこうと思う。

同行してくれた主将については、まだまだ実践経験が足りない。今回の問題点をしっかり反省し、しっかり経験を積んで立派なリーダーになってほしい。

下山から2日後に両膝の周辺にウルシかぶれが発症した。高巻きや藪漕ぎで、ツタウルシを掻き分けたためと思われる。

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July 29, 2026

大峰 神童子谷 犬取谷:癒やしの渓でワンゲル部員の沢泊練習

2年ぶりに神童子谷・犬取谷をワンゲル部員2名と遡行した。コバルトブルーに輝く流れは相変わらず美しく、あえて沢で1泊してまったりのんびり過ごすのも悪くはなかった。

【日程】2026年7月25日(土)〜26日(日)
【山域】大峰
【渓谷名】十津川水系 川迫川 神童子谷・犬取谷
【メンバー】ワンゲル部主将、新人、マメゾウムシ
【天候】7/25 晴れ、7/26 曇り時々晴れ
【コー スタイム】
7/25 観音峯登山口4:36〜みたらい渓谷入口5:02〜熊渡5:26〜大川口6:59〜神童子谷入渓7:41-8:10〜赤鍋ノ滝下8:41-9:16〜釜滝下11:03-16〜ノウナシ谷出合11:21〜犬取滝下14:11-22〜幕営地15:32
7/26 幕営地8:16〜ジョレンの滝下9:37-54〜稲村小屋11:24-12:01〜法力峠12:59-13:04〜母公堂13:53〜稲村ヶ岳登山口14:07-11〜洞川温泉バス停14:28〜観音峯登山口15:14

ワンゲル部員の沢泊練習のために、2年ぶり(2024年7月7日の記録)に神童子谷・犬取谷を遡行した。日帰りでも行けるルートではあるが、癒やしの渓で沢泊することで、まったりのんびり過ごすのも悪くはない。同行するワンゲル部員は主将と新人で、2名とも沢泊経験はなし。はたしてどうなるか楽しみでもあり、危惧するところでもあった。

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車1台だけのため、観音峯登山口駐車場を起点にすることにした。大川口までのアプローチと下山時の車道歩きがかなり長くはなるが、やむを得ない。おかげで入渓まで3時間を要した。

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入渓すると前方に下ってくる若者の集団がいる。一橋大学ワンダーフォーゲル部の学生たちで、釜滝の上で1泊して戻ってきたそうだ。神童子谷は渇水気味であったが、入渓早々の淵で泳ぎを強いられる。ツルツルの岩でなかなか上陸できない。落口付近からなんとか上陸できたが、ここは巻くべきであった。

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早速、神童子ブルーが迎えてくれる。前回はラバーソールの沢靴で遡行して、結構滑ったので、今回はフエルトソールの沢靴をチョイスした。

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へっついさんを通過する。ゴルジュであるが、現在は浅くなってしまっている。

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赤鍋ノ滝に出る。水量が少なく落水しても大丈夫そうなため、1段目は右を直登することにした。トップは主将にやってもらう。落水してもよいようにトップは中間支点を取らずに登る。落水した場合はロープを下流に引いて助ける。少々手こずったようだが、無事にクリア。2番目は新人で、ツルツルの滑りやすいスラブに苦労する。私はノーロープで新人のすぐ後ろを進み、アドバイスしながらなんとかクリアさせた。

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1段目の上の淵を泳ぎ、フィックスされているお助けロープを使って登る。

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滝上はしばらくは平凡な河原歩きとなるが、コバルトブルーに輝く流れが美しい。

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左岸にある穴から水が沸いている箇所を通過すると、

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神童子谷で最も美しく神秘的な釜滝が現れる。コバルトブルーに輝く淵が美しい。餌釣りの釣り師が長い竿で、次々とアマゴを釣り上げていた。泳ぎたがっている沢ヤたちが、釣りが終わるまで我慢して待っている。我々もしばし休憩を取る。釜滝は右岸から巻き。ノウナシ谷と犬取谷の二俣を左俣の犬取谷へ進む。

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二ノ滝、一ノ滝、3m滝と左岸から越える。

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沢の傾斜が増してくると、豪快な犬取滝が現れる。犬取滝は右岸から大きく高巻いた。高巻きではフエルトソールの沢靴は草付きの斜面では滑りやすいが、チェーンスパイクを着用することで、しっかり効いてくれた。

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沢に復帰したら、今宵の宿泊地を探す。快適とは言えないが、なんとか3人が横になれる適地を見つけた。タープを張り、焚火を熾し、夕食の準備に入るのだが、いろいろと不備が多く、ワンゲル部員たちのポンコツさにに呆れること多し。一応、そういう事態が起こることを想定してバックアップは取っていたが、ライターを忘れたという事態は、一時は夕食の準備ができないという最悪の事態を招くところだった。なんとかガスコンロの自動点火装置で火を熾すことはできたが、ワンゲル部員たちの詰めの甘さとリサーチ不足は呆れるばかり。しっかり反省し、同じ失敗を2度と繰り返さないようにしてもらいたい。幕営地に着くまでにテンカラ釣りで釣り上げた2匹のアマゴは、ワンゲル部員に焼きを任せたが、やはりうまく焼けていなかった。宴で酒も入れば、多少のイライラ気分は解消された。

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翌朝は頭上を飛ぶヘリコプターの音で目が覚める。あとで判明したことだが、ノウナシ谷で前日に滑落事故があり、そのための救助ヘリだった。深夜に一度目が覚めたが、 朝まで比較的ぐっすりは寝られた。まったりとコーヒーを飲みながら、前夜のご飯の残りをお茶漬けにした朝食を取る。沢泊としては遅めの出発としたが、残す難所はラスボスのジョレンの滝の高巻きだけなので時間的には問題なかった。

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犬取谷最大の滝であるジョレンの滝を右岸から高巻く。写真は1段目の滝で、水量が少なくショボく見えるが、その上にも滝が続く。

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高巻きを終えて沢に復帰すると、源頭の雰囲気となる。

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忠実に沢を詰めていくと、稜線に稲村小屋が現れる。稲村小屋に出ると、ベンチはハイカーたちで賑わっていた。沢装備を解除し、行動食で昼食を取る。

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下山は一般登山道を下るだけ。だらだらとしたトラバース中心の道を法力峠を経由し母公堂に下りたら、あとは車道を観音峯登山口まで歩くだけなのだが、疲労の溜まった体には灼熱の車道歩きはキツかった。

ワンゲル部員たちにとって初めて沢泊は、リスク管理の甘さなどいろいろと問題点が明らかになった。沢登りは少しの失敗で致命的な事態に陥ることもある。この機会にしっかり反省して膿を出して、同じ失敗を繰り返さないようにしてほしい。

以下は、山行中に出会った植物たち。

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岩にはりついて咲くヤマツツジ。

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ミズ(ウワバミソウ)。沢泊では貴重なビタミン源となる山菜。

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ウルイ(ギボウシ)。これも有名な山菜だが、開花してしまったので旬は過ぎている。

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ヤマアジサイ。

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ヤマホトトギス。

記録はヤマレコにもアップしてあります。

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July 21, 2026

ワンゲル部山小屋周辺にて沢遊び

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7月の3連休は、ワンダーフォーゲル部が奥美濃に所有する山小屋に2ヶ月ぶり(2ヶ月前の記録)に滞在し、周辺にて沢遊びをしてきた。同行者はワンゲル部の主将と、現役部員たちにスキー指導をしているコーチのSさんの2名であった。

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一番の目的は渓流テンカラ釣りなのだが、梅雨明けして1週間にもかかわらず、山小屋直近の沢は早くも渇水気味だった。

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1日目は渇水に加えてクモの巣にも邪魔されたが、なんとかボウズは免れた。午後は雨予報だったため、早めに山小屋に戻る。予報通りに15時ぐらいから雨となった。

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雨が止んでから草刈りを実施した。草や笹がよく成長するこの時期には草刈りは不可欠で、小まめに行う必要がある。

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山小屋周辺では草花が花を咲かせていた。オカトラノオとノアザミの花。

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ネジバナ。野生のランでもある。

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1日目のディナーは飛騨牛すき焼きであった。九条ネギとのセットはなかなか美味であった。

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3連休中日の2日目は源流部へ。最近の石徹白は魚影の濃さが人気で釣り客が増えてしまい、特に週末は釣り場の競合が激しくなっている。本来は一般の釣り人が入らない源流部しか選択肢がなかった。その源流部でさえも、テンカラ釣りに関しては厳しい釣果だった。魚影はあるにもかかわらず、渇水気味であるのか毛鉤を見抜いているのか、しっかり毛鉤を咥えてくれない。渇水に加えて、時期的に沢登り客も入渓するため、その影響もあったのかもしれない。ボウズではなかったが、沢は釣りだけではない。

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キャニオニングにアクティビティを変えるのも悪くはない。滝に飛び込む。

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ナメ滝ではウォータースライダーを楽しめる。

Gama

ナガレヒキガエル。

Cicada

ヒグラシ。

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2日目のディナーは、飛騨牛焼肉であった。お酒が進んだ。

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最終日は、朝からの晴天で、山小屋周辺でも気温が高めだった。主将のみ大日ヶ岳へハイクへ行ったが、年寄り2名はスローライフとした。主将の報告によると、大日ヶ岳ではニッコウキスゲが咲いていたそうだ。13時過ぎに山小屋を退舎し、白鳥のさんたべーるにてランチを取った。やはり下界は暑く、帰宅した大阪はさらに暑かった。

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July 13, 2026

金剛山 高天谷 アゲイン!:左俣大滝にかかっていた倒木が落ちていた!

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梅雨明け後最初の週末に、ホーム金剛山の高天谷を1ヶ月ぶりに再び遡行してきたが、1ヶ月前の遡行時と変化があったので報告しておきたい。

朝早めの7時半に高天原神社に着いたが、すでに駐車場は満車状態で、かろうじて車を駐めることができた。どうやら日中の暑さを回避して、まだ涼しいうちに登り始めるハイカーが多いようであった。

まだ梅雨明けしたばかりなので、水量はやや多めだった。

1ヶ月前は10m大滝と左俣大滝に大きな倒木がかかるという状況で、特に左俣大滝の登攀では倒木が支障になっていた。過去の高天谷の記録を調べてみると、2025年10月9日までは大滝に倒木はなく、2026年4月5日には倒木ありで、その間にあった大雨などで倒木がかかったと思われる。

P6130028_20260713183801 2026年6月13日の左俣大滝

Img_0053 2026年7月12日の左俣大滝

今回、10m大滝の倒木はそのままだったが、左俣大滝にかかっていた大きな倒木が滝下に落ちていた。おかげで支障なくスムーズに直登することができた。

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途中、ギボウシの花が咲いていた。

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今回は、郵便道に抜けた後に、金剛山の山頂へも行ってみた。この暑さにもかかわらずハイカーは多かった。

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山頂を踏んでも、出発が早めだったこともあり、正午前に下山できた。下山後の駐車場には空きがちらほらで、高天谷に行くならば駐車場に空きが出る午後からの方がよいかもしれない。時間的にも問題はない。

記録はヤマレコにもアップしている。GPSログなど詳細についてはヤマレコの記録をご覧ください。

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July 06, 2026

国見岳 尾西谷:西濃のナメ天国

初めての粕川尾西谷は、次々とナメやナメ滝が現れる噂通りのナメ天国で、傾斜もそこそこ急で、遡行中は息つく暇もなかった。

【日程】2026年7月4日(土)
【山域】東海 国見岳(伊吹山北尾根) 
【渓谷名】揖斐川水系 粕川 尾西谷 左俣
【メンバー】ktn92さん、ランドレさん、マメゾウムシ
【天候】曇り
【コー スタイム】春日尾西白山神社7:27~入渓地点(堰堤下)7:37〜二俣8:29~天空の滝下9:16〜稜線10:09-32〜国見岳10:59-11:00~国見峠11:41~白山神社12:48

もう3年連続の参加となるが、この時期に岐阜・愛知の山スキーヤーたちの忘シーズン会(2025年の記録)が美濃太田であり、宴会だけで行くのも何なので沢登りとセットにしている。昨年は木曽川水系の橋谷、一昨年は揖斐川水系の貝月谷を遡行した。今回も昨年と同じメンバー3名にて、岐阜県揖斐川町のナメ天国と噂される尾西谷を遡行してきた。揖斐川水系は一昨年の貝月谷以来となる。アプローチは揖斐川町春日の白山神社からで、関西からはあまり行くことのないエリアである。愛知県在住のktn92さんにとっては、過去に遡行したことのある沢とのことで、今回のガイド役を買って出てくれた。

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白山神社には3台ほどの駐車スペースがあり、林道奥にも数台ほどの駐車スペースがある。

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林道を10分ほど進むと、尾西谷に出るので、橋を渡って右岸側に出る。

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いきなり目の前に堰堤が出現する。この堰堤は左から越える。

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堰堤上には泥が溜まっていて足が取られる。水中には魚影はなかった。

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水溜まりの上にある木の枝には、モリアオガエルの卵が産み付けられていた。

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早速、滝状の流れが始まる。

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ナメも現れる。これから続くナメ天国の始まりである。

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棚状の5mほどの滝。

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4m滝。

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ちょっと変わった座布団滝5m。

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標高630mの二俣に到着する。水量がやや多い左俣へ進む。

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2段4m滝。これは左から巻いたが、他の滝は基本直登である。

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次々とナメやナメ滝が出てくる。

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幅広の8m滝。

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これでもかと言うぐらいナメ滝が続く。そこそこ斜度があるので滑落に注意は必要だが、梅雨時で水量が多いおかげでヌメリは少ない。フエルトソールの沢靴であれば特に問題はなかった。

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三段のナメ。

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途中、巨岩帯の通過があり、岩屋くぐりを強いられた。狭かったが、さほど通過に支障はなかった。

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5mほどの滝。次々とナメやナメ滝が現れるので、息つく暇もない。

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ついにラスボスである天空の滝が現れる。長大なナメ滝が、下から5m、20m、4mと続く。

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中段20mは滑ったら止まらない。流れの右にクラックがあり、指を入れてアンダーのホールドが取れるが、初心者には念のためロープ確保をした方がよいかもしれない。

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上段の4m。ここは左岸から巻いた。

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最後のナメを越える。

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水流がなくなり、最後の詰めに入る。

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右の尾根側に向かって急斜面を木を掴みながら登る。藪漕ぎはなかったが、今シーズン初めての本格的な沢登りということもあり、体がまだ慣れておらず、体力的にもキツかった。

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それでも登り続ければ稜線に出た。ここで沢装備を解除し、行動食を取りながら大休止となった。せっかくの機会なので国見岳の山頂を往復することに。このような機会がなければ、この山の山頂を踏むこともないだろう。

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登り切るとカルスト台地に出る。遠くで雷鳴のような音が続いていて、雷雨が心配されたが、どうやら滋賀県高島市にある陸上自衛隊饗庭野演習場で射撃・爆破訓練があったようだ。

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山頂はカルスト台地からもう少し進んだ所にあった。山頂にはハイカーが2名いた。

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下山は、ヒルを避けるために国見峠を経由することにした。

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国見峠に出る。ここまで車で入ることができるようだ。山頂にいたハイカーのものと思われる車が1台駐まっていた。

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雲の中から伊吹山が姿を見せていた。いつも見ている表側ではなく裏側であるのは新鮮味があった。

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国見峠からは林道にて下山。側溝にシカの頭骨があった。

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集落まで下りてきた。ここから白山神社は近い。午後から雨予報だったが、雨が降り出す前に下山できた。

尾西谷は噂通りのナメ天国で、次々とナメやナメ滝が現れ、傾斜もそこそこ急で、息つく暇もなかった。最後の詰めは体力的にキツかったが、ロープを使うこともなく、今シーズン最初の本格的な沢登りとしてはレベル的に悪くはなかった。これから沢の頻度を増やしていけば、体も慣れていき、調子も上がっていくだろう。

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下山後の山スキーヤー忘シーズン会ではよく飲みよく食べた。写真は台湾ラーメン激辛マメゾウスペシャル。メニューにはない激辛版を作っていただいた。辛かったが、特に支障なく完食できた。まずもって一番の課題は、最近増えた体重を減らすことだろう。

記録はヤマレコにもアップしています。

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