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October 06, 2026

水後山とワンゲル部山小屋周辺の自然

ワンゲル部山小屋の竣工60周年祭の前日に、遅めの出発で、満天の湯から水後山を往復してきた。

8月中は職場の引っ越しがあり、山に行けず、9月に入ってからようやく渓流釣りには行っていたが、ハイクは実に久しぶりである。これから冬山に向けて体力を向上させていかねばならないが、まずは軽いハイキングでリハビリスタートである。

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最初は植林の中の登りである。

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登山道は途中からウイングヒルズ白鳥スキー場のゲレンデの端を通る。夏場はかんかん照りとなるため、暑くてとても登れない箇所だが、ようやく涼しくなって登る気になれる。

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アキノキリンソウと吸蜜中のウラナミシジミ。

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ミドリヒョウモン。

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ミズナラのドングリ。

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クリの実も落ちていた。

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ゴンドラの山頂駅まで登った。この直下は急登であった。

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振り返ると毘沙門岳と白鳥高原が眺められる。よい天気である。

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ゲレンデから樹林の中の道に入る。

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ヤマウルシが鮮やかに赤く紅葉していた。

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ナナカマドには鮮やかな赤い実が実る。

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トチノキの実。中にはクリに似た種子が入っている。

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ブナ林の中を歩く。

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ブナには実が実っていた。この秋は木の実は豊作のようだ。

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大きな岩があって、左から巻いて登る。ここは冬にスキーで行くと、雪壁になっていて登りに難儀するところである。

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水後山までもう少しである。

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登り切った所が水後山の山頂である。時間があれば鎌ヶ峰を経て大日ヶ岳まで登ることができる。冬はこの先は細い稜線となり、前谷川側に雪庇が発達する。そのためスキーでは水後山までとなる。

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大日ヶ岳方面の眺め。

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大日ヶ岳の右側には乗鞍岳と木曽御嶽山が眺められる。

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さらにその右には中央アルプスから恵那山も眺められる。見事な快晴で、山もよく見えた。

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山頂部によくいるキアゲハ。山頂で十分に展望を楽しんだので、そろそろ往路を戻るとするか。

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戻る途中で、白鳥の町を見下ろす。

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枯れ木に古くなったウスヒラタケを発見。

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ゲレンデトップに戻る。

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チャイロスズメバチが日光浴していた。このハチの女王バチはキイロスズメバチやモンスズメバチの巣を襲い、家主の女王を殺して巣を乗っ取るという生態をもつ。

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ゲレンデ上ではトノサマバッタをよく見かけた。褐色型ばかりで緑色型は見なかった。

山小屋周辺では以下の動植物も観察できた。

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アオバト。山小屋のすぐ横にあるカラマツの木にいた。

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ウグイス。なかなか姿を見せないが、山小屋周辺の草むらに潜んでいる。結構地味な色で、秋はホーホケキョとは鳴かず、チッチッという地鳴きしかしないので、ウグイスとわかる人は少ないかもしれない。

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ユウガギクで吸蜜するイカリモンガ。チョウのように見えるが、ガの仲間である。

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ミゾソバ

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林道上にはえていたキノコ(種類不明)

展望と自然を楽しむことができた1日であった。紅葉にはまだ早かったが、色づき始めた木々の葉はあり、ブナ、ミズナラ、クリ、トチなど秋の実りも十分な模様で、この秋は山の動物たちとっては餌に困らないかもしれない。クマの人里への出没も減ってくれるとよいのだが。

GPSログ等の記録はヤマレコにアップしている。

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桧山荘竣工60周年祭

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私が顧問をしているワンダーフォーゲル部が奥美濃に所有する山小屋こと「桧山荘」が、今年(2026年)で竣工から60年を迎えた。

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それを記念して、10月3日〜4日に、桧山荘で60周年祭が行われた。

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60名近い老若男女が集まり、その顔ぶれは、桧山荘の建設に携わり桧山荘の歴史をスタートさせたOBたち、現在も桧山荘の歴史を作り続けている現役部員たち、そしてその間を埋める歴史を作ってきたOBOGたちであった。その他にOBOGの家族や友人の参加もあった。

桧山荘の建設に携わったワンダーフォーゲル部5期生であるOBのTさんによると、この奥美濃の地に山小屋を建設するに至った経緯は、1963年1月に行われたワンダーフォーゲル部創部後初となる本格的な山スキー合宿に遡ることになる。この合宿は、福井県勝山市の法恩寺山にある伐採目的の小屋(?)をベースにして行われた。1962年8月に部員数名で勝山入りし、勝山市役所に山スキー合宿ができそうな場所はないかと相談した。翌日に、法恩寺山を含め、地元の山岳関係者を紹介された。その際に地元の山岳関係者に紹介されたのがこの小屋であり、夏場だけ利用され、冬場は積雪のために閉じられていた。その年の11月の秋合宿で、小屋の視察、荷物(鍋、食器、ホエーブス(ガソリンコンロ、スコップ、食糧等)の小屋への荷揚げ、登山道沿いに赤布でのマーキングなどの作業を行った。現在、法恩寺山の西側には、スキージャム勝山がある。

そのような準備を終えて、ついに初の山スキー合宿の日を迎えたが、現地に着くと、あまりの大雪にびっくりしたそうである。先発隊7名は登山口からスキーで登山開始したが、シール登行に慣れていなかったためであろうか、途中の急登からワカンに履き替えた。そこからは全身が雪に埋まるラッセルとなり、小屋に到着するのに2日を費やしたそうだ。現在の新雪用のファットスキーであれば、雪に沈まず、深雪でも比較的楽にラッセルはできるのだが、おそらくシール登行の経験がなかったための判断であろう。先発隊の苦労のおかげで、本隊はラッセルの苦労をせずに1日で入舎できたそうである。なお、この大雪は後々有名になった三八豪雪で、2日間で2m以上の降雪があったそうである。三八豪雪は、1962年(昭和37年)11月末から1963年(昭和38年)2月初めまで、約1か月にわたり北陸地方を中心に東北地方から九州にかけての広い範囲で起こった雪害(豪雪)で、全国で死者228名、行方不明者3名の被害となった。山岳遭難としては、北アルプスの薬師岳で愛知大学山岳部の13人が死亡した遭難事故、北海道の大雪山系の旭岳で北海道学芸大学の山岳部10名が死亡する遭難事故が発生した。

肝心の山スキー合宿であるが、全て初めての全くの手探りの合宿となった。全員がゲレンデスキーしか知らないメンバーだったので、山スキー訓練を始めたはよいが、全員が最初は新雪深雪滑りに苦労し、ターンさえできない状態でだったそうである。そんな状態でも、初の合宿はとりわけ新鮮であった。この小屋を紹介した山岳関係者も同行し、スキー指導にあたったため、合宿の内容も充実していたのだろうか。今後も続けたいという大声と歌声が小屋中に響いたとのことである。合宿終了後、部員たちにそのような合宿ができる独自の山小屋がほしいという気持ちが高まっていったのは言うまでもない。

その後、OBと当時の現役において山小屋設立のための話し合いが続けられ、数年間で夢からどんどん現実化へ進んで行く。そして候補地が白馬と現在の奥美濃の2つに絞られた。現地を下見した結果、現在の山小屋と満天の湯の間を流れる小川にイワナがいたことが決め手になったようだ。イワナは現在でもその小川に生息している。問題は山小屋建設のための資金集めである。その当時の現役部員たちが、ダンスパーティーのチケットを売ったり、アルバイトをしたり(ほぼ強制)、OBの寄付金により集めたそうである。当時の部員の多さを考慮し、2階だけで80名は収容できるようにしたいということで、九頭竜ダムに埋まる予定の合掌造りの古民家を譲り受け、解体、運搬、建設となった。もちろん大部分の作業は当時の現役部員たちだけによって行われたため、その苦労は計り知れない。そしてついに1966年(昭和41年)11月6日に桧山荘竣工式が行われ、当時の学長も遠路はるばると参加してくれたそうである。当時は同じ公立大学である東京都立大学ワンダーフォーゲル部と良好な交流関係があり、東京都立大学ワンゲル部の部員たちの参加もあったそうである。

それから60年の歳月をかけて、現在までの桧山荘の歴史が作られていったのである。私は顧問として現在までの10年間の桧山荘の歴史を共有しているに過ぎない。桧山荘建設に至る経緯についての話が長くなったが、60周年祭の報告に戻りたい。

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たまたま60周年祭の前日に休暇が取れたことから、私は前日に山小屋に入舎し、山小屋から最も近いメジャーピークの水後山を往復してきた。

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他に2名ほど前泊者がいたことから、その夜は前夜祭となった。

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60周年祭の朝を迎える。60人近い人数が山小屋に泊まることになるため、事前に各自が寝る場所を決めておかねばならない。十分に1人が寝返りできる広さでテープにて区割りを行った。まるでフェリーの2等船室のようであるが、コロナ前の混雑した営業小屋よりは1人当たりのスペースは広い。

正午前ぐらいから参加者が到着し始めた。大阪からはマイクロバスもチャーターしており、現役部員を含む関西からの参加者と、途中の岐阜羽島駅で関東からの参加者が乗車した。

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15時から開会式が行われた。まずはOBOG会の会長が挨拶。

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続いて、桧山荘管理運営委員会の会長が挨拶。

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最後に現役部員の主将が挨拶。

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乾杯の発声で、60周年祭の宴が始まった。

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持ち寄られた大量の酒類が並ぶ。

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夕食の準備をする現役部員。

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60人分のご飯は大釜でいっぺんに炊く。

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大人数分の食事メニューはやはりカレーライスである。本格的なインドカレーであったが、子どももいるので辛さは控えめであった。

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日没後はキャンプファイヤーが始まる。ゲームや歌などで盛り上がる。

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宴は深夜まで続いた。

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薪ストーブの周りに集う山小屋建設メンバー。私は朝食で食べたラードぎとぎとのガーリックライスでお腹の調子がよくなく、残念ながら早めに床についた。

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翌朝は8時から朝食タイム。メニューはサンドイッチとコーヒーで、卵、ハム、チーズなどを各自で食パンに挟んで食べた。

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9時から解散式で、参加者全員で輪になって、全員が一言ずつ感想等を述べた。

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最後に全員で記念撮影を行い、60周年祭は閉幕となった。

次は70周年であるが、今回の参加者全員が元気に参加できることを祈りたい。現役部員においては、これからの桧山荘の新たな歴史を作っていってもらいたい。私においては、今後の現役部員やOBOGたちに役立つように、これまで桧山荘周辺で開拓した山スキーや沢登りのルート集をそれまでにまとめたいと思う。

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October 03, 2026

北陸にて自然散策など:雄島・鹿島の森・綿ヶ滝

白山麓でのテンカラ釣り竿納めについては既に報告済みであるが、その前日は移動日で、その道中で北陸の自然の名所を散策した。

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ガイド役は金沢在住のcimaさんで、まずは福井県坂井市にある雄島を訪問した。雄島は東尋坊の沖合いに浮かぶ、周囲2km・標高27mの小さな島で、雄島橋を歩いて渡ることができる。雄島の左に見える岸壁は柱状節理である。

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島全体はヤブニッケイやタブノキなどの照葉樹に覆われている。島に入って最初の階段の両側はヤブニッケイの林である。

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島を1周する自然林の散策路を歩く。立派なタブノキが多い。

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ツユクサ

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磁石を狂わす磁石岩。同行のワンゲル部主将がたまたまコンパスを持っていたので、コンパスを近づけると確かに磁針がずれる。

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瓜割の水。島の最高地点の標高が低いにもかかわらず、海岸部に水が沸いている。舐めてみたが、確かに炭水であった。

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空には猛禽類のつがいが飛んでいた。シルエット的にハヤブサのようだ。

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大湊神社。

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雄島からは東尋坊を眺めることができる。雄島の周囲には釣り人が多く、特にイカ釣り客が多かった。

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次に、石川県加賀市にある鹿島の森を見学した。場所的にはほぼ福井県との県境である。

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ここも雄島と同じく照葉樹の森であった。

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アカテガニが多数生息していて、国から天然記念物に指定されている。ハサミが赤いのがオスである。

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ハサミが赤くないのがメスである。

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木にも登っていた。

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鹿島神社がある。

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移動途中で酒蔵にも立ち寄った。加賀の地酒である常きげんを購入した。

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最後に石川県白山市の手取峡谷を見学した。

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ここには落差32mの綿ヶ滝がある。

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綿ヶ滝の向かいにも滝があった。

たまにはまったりと自然を眺めるのもよいものである。

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October 01, 2026

白山麓にて2026年シーズンのテンカラ釣り竿納め

10月1日から禁漁となる渓流釣りであるが、今シーズンは前半は渇水に、その後は雨続き、おまけに職場の引っ越しがあったりと、竿を振る機会も釣り上げた魚も決して多くはなかった。それでもしばらくぶりとなった先日のシルバーウィークの釣り行では満足な釣果をあげ、これで気持ちよく今シーズンを終わってもよかったのだが、9月最後の週末に白山麓への遠征がまだ残っていた。白山麓へは昨年度も遠征を行ったが(2025年の白山麓遠征)、その時は酷い渇水で釣果はパッとしなかった。今回は雨続きの後ということもあり、流石に渇水ということはなさそうであるが、シルバーウィークに大勢の釣り人が入ってかなり叩かれた可能性はある。そんな訳で、釣果はあまり期待せずに、何匹か釣れればよいぐらいの気持ちで行くことにした。

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昨年と同様に、同じテンカラ釣り師匠に学んだ弟子たちが白山麓にあるコテージに前泊のために集まった。孫弟子も含めた6人のテンカラ師と1名のフライマンの計7名である。もちろん盛大な宴とはなったが、翌日はしっかりと4時に起床し、5時には出発することができた。

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1つの渓に7名というのは、渓流釣りではかなり多い人数であるが、谷が広いため多すぎるという感じはなかった。

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テンカラ師匠のなべさん(個人)からは孫弟子となるワンゲル部の主将も参加していた。谷が広いので、経験の浅いメンバーでも木に毛鉤を引っかける心配が少なく、しっかり竿を振れるのがよい。

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思ったより水量が少なく、最初のうちはなかなかイワナが出なかったが、ようやく1匹目を釣り上げた。その後は次第にポンポンと釣れ始めた。

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先頭を交代しながら進んで行く。

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取水ダムを越えると水量も多くなり、イワナの活性が上がってきた。そんな時に出たのがちょうど尺サイズのイワナだった。

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最後に釣ったのはアメマスのように白斑が目立つ良型のイワナだった。最終的にツ抜け近くの釣果であった。

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終わってみれば、全員がイワナを釣り上げていた。これだけの大人数で入ってのこの釣果は、白山麓の渓の魚影の濃さとそれを支える自然の素晴らしさの賜と思われる。終わり良ければすべて良しである。悔いなく今シーズンの納竿ができた満足な1日であった。

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