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October 26, 2020

紅葉と冠雪の銚子ヶ峰

銚子ヶ峰はスキーで2度ほどピークを踏んでいるが、無雪期にはピークまで登ったことがなかった。一方で、銚子ヶ峰周辺で沢登りをする場合、神鳩ノ宮避難小屋が沢登りの終了点や下降点になるため、銚子ヶ峰への登山道の途中にある神鳩ノ宮避難小屋はよく通っていた。これまで無雪期の銚子ヶ峰ピークにはあまり興味がなかったこともある。今回、テレ仲間のどうちゃんから、「銚子ヶ峰の紅葉はなかなかきれいらしい」と紅葉ハイクのお誘いがあった。紅葉を愛でにピークまで登ってみると、前日の山頂部での冠雪もあり、雪景色と鮮やかな紅葉の両方を楽しむことができた。

【日程】2020年10月25日(日)
【山域】奥美濃
【場所】銚子ヶ峰
【メンバー】どうちゃん、ばるちゃん、Hくん、マメゾウムシ
【天候】曇り時々晴れ
【コースタイム】石徹白登山口8:00〜石徹白大杉8:09-13〜神鳩ノ宮避難小屋9:46-56〜母御石10:27-29〜銚子ヶ峰10:47-11:04〜神鳩ノ宮避難小屋11:43-52〜石徹白大杉13:05-08〜石徹白登山口13:13

今回の同行者は、テレ仲間のどうちゃん・ばるちゃん夫婦と、ワンゲル部OBのHくん。銚子ヶ峰の山頂までは3時間もあれば行けるので、そう早く出発する必要はない。それもあって、前夜はワンゲル部山小屋で盛大な宴会となった。問題は登山口の駐車スペースだ。1ヶ月前のシルバーウィークにHくんと別山谷を往復した時は、7時で駐車場はほぼ満車状態だった。今回はその時ほどは混まないと思っていたが...

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8時前に石徹白登山口に着いたが、すでに10台以上の車が駐まっていた。我々の車を最後に駐車場の上段部分は満車となったが、車は次々とやってくる。おそらく下段部分も、そう遅くない時間に満車となりそうだ。銚子ヶ峰は夏場はそんなに登山者は多くなかったのだが、秋になってからの週末は結構登山者が多い。最近では、銚子ヶ峰は知られざる絶景紅葉の山としての評判もあるらしい。どうやら今日は紅葉目当ての登山ばかりのようだ。

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登山口から石段を登っていくと、石徹白大杉が立つ場所に出る。枯れた大杉からはえた広葉樹が紅葉していた。

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大杉から先は普通の登山道となるが、このあたりですでに紅葉はいい色づきだ。

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朝日を浴びた紅葉はいっそう美しい!

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ブナの葉は美しい黄色に色づく。

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紅葉の回廊を歩く。

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右手に見える丸山は、山頂部が冠雪していた。木々の間からちらちら見える銚子ヶ峰も山頂部は冠雪している。前日に降った雨は山頂部では雪だったらしい。紅葉と雪景色が一緒に見られるのは、何とも言えない美しさだ。雲で青空が隠れてしまったのは残念だ。

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急登のおたけり坂も紅葉の美しさで苦にならない。

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紅葉の木々の間からの、銚子ヶ峰から野伏ヶ岳への稜線の眺め。

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おたけり坂を登り切ると、雪がうっすらと積もった道となる。雪が融けた水がトレランシューズに染みこんで冷たい。登山靴で来るべきだったかもしれない。

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神鳩ノ宮避難小屋を過ぎて、しばらく進むと、樹林帯を抜ける。雪がパラつくこともあった。

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母御石。

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登山口から3時間かからずに銚子ヶ峰の山頂に到着。山頂部は秋から冬の景色に変わっていた。無雪期とは言えないかもしれないが、スキーではないスタイルでの初めての山頂だ。スキーでは3月4月の2回ほど銚子ヶ峰には登っている。

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北側の別山方面は雲の中。

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南東方面になる大日ヶ岳方面の眺め。これはスマホの山座同定アプリで撮ったもの。

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まだ体が寒さに慣れていないので、冷たい風に寒さを感じる。それでは下山へ。

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秋だ。

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サルノコシカケ。

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下山ものんびりと紅葉を楽しんだ。

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奥美濃のワンゲル部山小屋周辺の紅葉

朝夕の冷え込みが強くなってきたこの頃だが、ワンゲル部が奥美濃に所有している山小屋の周辺の紅葉もそろそろ始まっているだろう。キノコの生育状況の確認も兼ねて、奥美濃まで紅葉を愛でに行ってきた。

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裏山の木々の葉は、去年よりはだいぶよい色づきだ。

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キノコの方も出始めている。これはおそらくコガネタケ。

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ナラタケが採れた。ムキタケはまだ出始めで、ナメコとクリタケは見つけられず、まだこれからという感じだった。

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大日ヶ岳への登山道を途中まで登ってみた。

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ゴンドラ山頂駅駅まで登ったところで、雨が降り出した。水後山では雪が降っていたそうだ。

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下山して、やることもないので、昼過ぎから宴開始なった。今シーズンは積雪に期待したい。

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October 20, 2020

紀ノ川水系 嵯峨谷川(孫右衛門の滝と清水の滝)

嵯峨谷川は大阪府と和歌山県の府県境にある南葛城山の南面に流れる紀ノ川水系の谷である。名前がついている滝として清水の滝と孫右衛門の滝の2つがある。前半部の滝は豪快であり、登攀性もある。残念ながら、後半は平凡な沢歩きとなってしまうが、それを我慢できれば、十分に面白く楽しめる谷であった。

【日程】2020年10月18日(日)
【山域】生駒・金剛・和泉
【渓谷名】紀ノ川水系 嵯峨谷川
【メンバー】マメゾウムシ
【天候】晴れ時々曇り
【コー スタイム】高野口駅8:39~六地蔵六面石幢9:59~林道終点10:41~清水の滝下11:17~2条3m滝(最後の滝)12:23~林道13:33~一本杉13:49-14:09~阿弥陀山分岐15:12~紀見峠駅16:23

当初は、前日にイベントがあり、夜に飲み会もあるかもしれなかったので、何も予定を入れていなかった日曜日であった。その日の朝は、不思議なことにかなり早起きできて、アルコールも体に残っていなかった。そこで、以前から気になっていた嵯峨谷川へ行ってみることにした。嵯峨谷川は大阪府と和歌山県の府県境にある南葛城山の南面に流れる紀ノ川水系の谷である。古い山と高原地図には、ワラジ・ザイル必要と記載されていて、遡行についての情報も少ない。調べてみると、名前がついている滝として清水の滝と孫右衛門の滝の2つがあるらしい。それらの滝と嵯峨谷に沢登り要素があるかを確認してみたいというのが、今回の動機だ。入渓地点は和歌山側で行ったことがないところなので、道の細さと駐車スペースの心配があった。そのため、アプローチと下山は多少長くはなるが、公共交通機関で行くことにした。

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橋本駅からJR和歌山線に乗車した。これが初めての和歌山線乗車であった。ワンマン電車であるが、車両は新しく、ICカードも使える。内部は路面電車を大きくしたような感じだった。電車の本数は1時間に1〜2本と少ない。

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橋本駅から和歌山方面2つめの高野口駅で下車する。ICカードは降りる時に車内でピッとする。かってはこの駅は高野山詣での拠点だったそうで、やや大きくて古い木造駅舎が残る。駅前にはタクシーが停まっていたが、人数がいるならば、嵯峨谷の集落までタクシーに乗車すれば、だいぶ時間を短縮できるはずだ。

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高野口駅から嵯峨谷集落までは、スマホのナビで歩いたが、だいぶアップダウンのある道を案内された。途中、ゴミ処理場の前を通った。

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カキ畑やミカン畑の中を通っていく。車の交通量は少ない。

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嵯峨谷川沿いの道に入ると、嵯峨谷付近の案内図があった。まだ3kmほどあるようだ。

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嵯峨谷沿いの道を進む。途中、嵯峨谷集落のおじさんに、「ハイキングかい? 頂上まで行くんか?」と声をかけられた。

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集落内にあった六地蔵六面石幢(せきとう)。六地蔵は墓地の入口に六体並べられることが多いが、これは六角柱の幢身側面の各面に仏像や梵字が刻まれている。南北朝時代北朝年号の「貞和5年」(1349年)という年紀も刻まれていて、橋本市の文化財に指定されている。

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ふるさと体験村への道を左に見送り、嵯峨谷川沿いの道に入る。

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嵯峨谷川沿いの林道を進む。嵯峨谷川にはいくつも堰堤がかかっていた。

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林道終点の小堰堤のところから入渓した。ここまで高野口駅から所要2時間強で、距離6.7km、標高差450mのアプローチだった。奥に滝が見える。

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すぐに現れたのが、険悪そうなゴルジュの中にある連瀑であった。この連瀑が孫右衛門の滝であった。水量も多く、滝の迫力もあり、ソロということもあって一見ひるんだが、ホールドは豊富そうなので、イチかバチかゴルジュストロングスタイルで突っ込むことにした。自信のない人は決して真似はしないでほしい。

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まずは3段の滝で、1段目5mは左から直登する。気温が低いので、シャワーはあまり浴びたくないが、否応なくかかってくる。

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2段目3mも左から直登する。

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3段目4mは右からの直登を試みたが手こずる。岩が脆く、体重をかけると簡単にボロっと剥がれるので、ホールドとスタンスを慎重に選ばないといけない。気温的にあまり濡れたくはなかったが、シャワーを浴びながら水流の中のホールドやスタンスを使わないと登れなそうだ。ゴルジュに中に入ったら最後、巻くこともできない。ソロで来るべきでなかったと後悔する。ここは覚悟してシャワーを浴びるしかない。確保なしでスリル満点だったが、なんとか直登で突破できた。ロープを使う場合、途中に支点の取れる木はないので、ハーケンかカムが必要である。

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3段12m滝の落口を覗き込む。落ちなくてよかった!

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すぐに2条の1.5m滝。

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今度は、1.5m滝のすぐ上の4m滝に手こずる。ここも右からシャワーを浴びながら直登した。ここも岩が脆いので、ホールド選びを慎重にしないといけない。久しぶりに本気で滝の登攀をしたので、翌日は肩から腕に掛けて筋肉痛になった。

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次は2mが2段で計4m。これは難なく越える。ここまでの連瀑を孫右衛門の滝とよぶようだ。なかなか迫力のある連瀑だった。

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一段落すると、倒木が待っていた。

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すぐに3m斜滝。

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斜滝の上に2m滝。

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次に2条の2m滝。

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滝を終えると、今度は倒木地獄が待っていた。

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倒木帯を越えると、大きな滝が現れた。これが清水の滝15mだった。

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清水の滝に近づいて1枚。なかなか豪快で迫力のある滝だ。

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清水の滝は左岸から大きく高巻く。

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高巻く途中で遊歩道に出たので、遊歩道を利用することにする。

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ところが遊歩道は途中で崩壊していた。慎重に崩れやすい崩壊箇所を渡る。初心者がいるならば、この通過はロープを出すべきだろう。

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清水の滝のすぐ上が二俣になっていて、右俣を横断してから、本流である左俣に下りた。

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落口マニアとしては、清水の滝の落口を見に行かねばということで、見に行く。

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清水の滝のすぐ上が標高550mの二俣で、右俣には3m滝が2本かかっていた。水量は3:1で、水量の多い左俣を進む。

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左俣に現れたのが7m滝。

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7m滝は左岸から高巻く。結構滝より高く登ってしまい、沢へは急な壁となっていて、下降によさそうな場所が見つからない。

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そのままその上の滝も一緒に巻くことはできそうだったが、滝をしっかり見ておきたかったので、懸垂下降で沢に戻ることにした。25mロープで距離は足りた。

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下降したところにあった4m滝は、左から小さく巻いた。

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2m斜滝。

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続いて2m滝を2つ越える。

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標高610mの二俣に到着。左俣は3m滝がかかる。水量が2:1で多い右俣を進む。

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2条3m滝が現れる。右は階段状。これが最後の滝だった。

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この後は平凡な沢歩きとなる。

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スギの木の根元が小滝になっている。土砂崩れでスギの木が立ったまま沢の中に移動してきたらしい。スギは枯れていなかった。こんな風景がもう1箇所あった。

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倒木が多くなり、スピードは上がらない。

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少しばかりナメはあるが、大部分は土砂の下になっているようだ。

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標高800mを越えると、水流がほぼなくなる。

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サワガニ発見!

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石堤があり、

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その上は藪漕ぎとなったが、

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すぐに林道に出た。

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ここで遡行終了でもよかったが、林道から稜線への登山道に出るよりも、沢を詰めた方が稜線には速そうな感じがしたので、そのまま沢を詰めることにする。

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部分的に水流が復活する。

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すぐに笹藪となったが、背丈はそれほど高くなく、藪漕ぎを困難にする蔓もトゲのある草木はないので、藪漕ぎとしてはかなり楽だった。

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登山道に出ると、

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すぐに通い慣れた一本杉だった。沢装備を解除し、ダイトレ経由で紀見峠駅へ下山した。紀見峠駅へは2時間と少しほどかかった。

嵯峨谷川は後半の平凡な沢歩きを我慢できれば、十分に面白く楽しめる谷であった。先日行った同じく紀ノ川水系のコースケ滝谷もよかったが、こちらも悪くはなかった。初心者向きの沢が多い和泉の沢の中では、嵯峨谷川のグレードは少々高いと思われる。前半部は連瀑のため、登攀力が要求される。高度感もあるので、必要ならば躊躇なくロープは出すべきである。夏の暑い時であれば、シャワーを浴びながら滝の登攀が楽しめるだろう。

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遡行図

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October 19, 2020

書籍の紹介「ワンダーフォーゲル活動のあゆみ−学生登山の主役たち」

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城島紀夫 著「ワンダーフォーゲル活動のあゆみ−学生登山の主役たち
2015年8月8日発行
古今書院 ISBN: 978-4-7722-9011-1

こんな本が出版されていたとは、最近まで知らなかった。私は1997年からある大学のワンダーフォーゲル部の顧問をしているが、この本は1995年に出版されているので、顧問就任時に読んでおきたかったものである。読んでいたならば、部員の指導に役立てられたことも多かったにちがいない。

この本は、我が国で初めての日本のワンダーフォーゲルの歴史をまとめたものである。日本全国の大学ワンダーフォーゲル部の部誌、部報、周年記念誌、OB会報、今はなくなった連盟機関誌などの資料の収集は決して簡単ではなかっただろう。必要であれば、各大学のワンダーフォーゲル部OBOGにも面会して資料を集めたようだ。巻末にある表2は大学ワンダーフォーゲル部の創部状況を調べたものだが、この資料の歴史的価値は高く、著者も「この書のいのち」と強調している。

この本のタイトルが「ワンダーフォーゲル部」でなく、「ワンダーフォーゲル」なのは、大学ワンダーフォーゲル部だけでなく、社会人のワンダーフォーゲル活動についても触れているからだ。そもそも日本で「ワンダーフォーゲル」という言葉が流行したのは、戦前に活動していた社会人中心の多数の歩行運動団体のうちの1つがドイツ語を真似して名乗ったものが人気を呼んだからである。それが奨健会ワンダーフォーゲル部であった。「ワンダーフォーゲル」はドイツ語で「渡り鳥」の意味で,ドイツで始まった青年運動に起源すると一般に信じられているが、実際は、活動内容の移入や模倣ではなく、団体の名前にドイツ語を借りただけの「借名」であったようだ。当時のドイツでは、ワンダーフォーゲルと名乗っていた青年運動はすべて解散させられていた。当時の日本は、軍国主義国家としての国民の体力増強を目的に、歩行運動を推奨していたのだ。おそらくこの事実を現在の現役の部員達は知る由もないだろう。この奨健会ワンダーフォーゲル部が大学のワンダーフォーゲル部の創部に関わっている。

大学ワンダーフォーゲル部の最初の発足は戦前ではあるが、全国の大学にワンダーフォーゲル部の創設が広まったのは戦後のことであった。戦後最初の約10年間に関東の大学で創部が広がったが、それは主に登山と旅の同行者が起こしたものである。遅れて創部した関西などの大学ではサイクリングやキャンプの同行者が始めた。そして戦後の学生登山は、山岳部が衰退して、ワンダーフォーゲル部が主流の時代となった。サイクリングやキャンプが主体だった部も、次第に登山が主体となっていった。

ワンダーフォーゲル部の活動は、山岳部との違いを出すために、レクレーション登山が中心であった。そのレクレーション登山を通じて拡大し発展する過程において、山小屋の建設やOB会の結成がなされた。山小屋といえば山岳部専用のものとなっていた時代としては、ワンダーフォーゲル部専用の山小屋建設は画期的な出来事であった。当時の山岳部では女子学生の入部を拒否していたが、登山を愛好したい女子部員たちは進んでワンダーフォーゲル部に入部した。どこの大学にも1960〜70年あたりに大量部員時代があったようだ。そのような時代には、山岳部の関係者から、ドイツから移入された第2山岳部、亜流山岳部、などなどと誹謗中傷の言葉が流布されたこともあったそうだ。

その後、活動多様化の時代となり、ワンダーフォーゲル部や山岳部の活動に変化が見られるようになる。学校間の活動内容の差異が、年々拡大の一途をたどる。伝統的に年間計画を伝承する部と、設立後の歴史が浅いために年間活動計画が決まらない部との差異は甚だしくなっている。これは私が顧問をしている部も同様だが、無目標化や共同体意識の希薄さが課題となっている。大学の課外活動の意義や位置づけが曖昧になっているのだ。大人もそうだが、近年、個人志向と現在志向が強くなっている。著者の言葉であるが、「社会や集団というものの意義を知ろうとしなければ、人間は幼稚化に向かう」だろう。また、「未来の目標に向かって長期的な計画を立てて、着実に歩みを続けることや、将来の望ましい状況を実現させるために現在を犠牲することなどを避ける」ならば、未来の発展もないだろう。

そのような状況で、活躍が期待されているのは、OBOG会である。監督とコーチをOBOG会が選任して、現役部員の技術指導をしているところもある。現役部員は毎年入れ替わっていく。現役部員だけで問題を解決することは難しい。OBOG会の重要性はますます大きくなってくるところだが、そのOBOG会の活動に若手会員が参加してくれないことが問題となっているところも多い。それはまさに負の連鎖で、現役時代に目標をもつことや共同体意識の重要性を学んでいないと、OBOG会の活動にも意義を見いだせないだろう。その負の連鎖を断ち切るためには、OBOGと現役部員の両方の意識の変化が必要かもしれない。この本はそれによい契機となるだろう。ワンダーフォーゲル部OBOGだけでなく、現役部員にもぜひ読んでもらいたい本である。

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現在、この書籍はAmazonでは品切れだが、他のネット書店ではまだ購入可能のようだ。出版社である古今書院の紹介ページには、それらのネット書店にリンクが貼られている。

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October 12, 2020

久しぶりのトレッキングにて紀見峠駅から岩湧山

日曜日は、久しぶりに普通のトレッキングで、紀見峠駅から岩湧山へ登ってきた。沢も考えたが、台風による前日までの大雨で沢は増水していて危険だろうということで止めておいた。

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紀見峠駅を出発したのは、ちょうど正午で、トレイルランナーのグループと一緒だった。岩湧山へは根古川林道からアプローチする。相変わらずの慢性的なアキレス腱炎のため、トレーニングとはいえ、そんなにスピードは出せない。当然ながら、トレイルランナーグループは先に行ってしまった。

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途中の林道沿いを流れる根古川は、予想通りに普段よりかなり多い水量で迫力があった。

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出発時は曇りの天気も、山頂に近づく頃には青空が見えていた。ハイカー、トレイルランナーとすれ違う人は多かった。

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紀見峠駅から2時間ほどで岩湧山の山頂に到着。山頂部のススキが秋の風情だ。

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ススキの間から大阪方面の眺め。

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今回は、新しいトレランシューズの慣らしも兼ねていた。下山は砥石谷林道から天見駅へ。相変わらず、終盤にアキレス腱が痛くなる。普通に歩く分には大丈夫だが、トレランはまだできない。

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ウェーディングシューズ(沢靴)のフェルト貼り替え

先週の土曜日は、台風通過による雨だったので、沢靴のフェルトを貼り替えた。フェルト貼り替えについては、過去に3回行っており、そのうちの2回の作業過程は、このブログにもアップしている(2016年6月2018年4月のブログ)。これまでフェルトを貼り替えたウェーディングシューズは、問題なく使えているので、この方法で特に問題はないと思われる。購入先に頼むと、貼り替えに1万円ぐらいはするらしいので、自分でやった方が安く済む。今回はこれまでより少し詳しく、作業のコツについてに解説してみたい。

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現在、3足のウェーディングシューズをもっているが、今シーズンは、左の秀山荘製ClimbZoneウェーディングシューズデラックスと、右のモンベル製サワートレッカーをローテーションで使っていた。前者は2シーズン、後者は6シーズンの使用である。真ん中の秀山荘製は旧モデルで、これも6シーズンの使用で、過去に3回ほどフェルトを交換している。この旧モデルはアッパーの破れが目立ってきていたので、今シーズンは使用はしなかった。今回、この3足の沢靴のうち、秀山荘製の2足(左、中)のフエルトを交換した。左の秀山荘製は2年の使用で、初めての張り替えである。これが来シーズンの勝負沢靴になる。真ん中の旧モデルはアッパーの破れはあるが、もう1シーズンぐらいは持ちそうな感じなので、来シーズンは釣り専用にする予定だ。右のモンベル製の沢靴は、1回フエルト交換はしているが、アッパーの破れと劣化が激しく、今シーズン限りで廃棄する予定である。

用意するものは、交換用のフェルト。上の双進フェルト角切りブラックをAMAZONで購入した。26-27cmサイズの靴ならば、2足分を取ることができ、お得である。

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他には、大型のカッターナイフ、ペンチ、ボンド、ペイントマーカーホワイト、ビニールテープ、新聞紙が必要だ。ボンドは、ホームセンターで購入できるコニシのボンドG17(170ml)を使用する。2足分でちょうど170mlを使い切ったが、状況によっては、予備として50mlサイズも用意しておいた方がよいだろう。フェルト専用のボンドもあるようだが、G17で問題なく接着はできている。値段的にもこちらの方が安い。

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まずは古いフェルトを剥がす作業である。上は剥がす前の状態である。フェルト貼り替えの目安になるが、2シーズンの使用でだいぶつま先部分のフェルトが減っていて、クッション部分とフェルトの差がなくなっている。

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この作業がすべての行程の大部分を占めるといってよい。かなり力が必要で、時間もかかる作業。古いフエルトの接着面にカッターで切り込みを入れ、ペンチでフエルトを掴みながら、ゆっくり少しずつ剥がしていく。秀山荘製の場合は靴のつま先側からの方が剥がしやすかったが、踵側からの方が剥がしやすいこともある。最初はなかなか進まないが、ある程度剥がせると、その後は比較的楽に剥がすことができる。

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剥がし終わった古いフェルトと靴裏。この靴は初めての貼り替えなので、かなりうまく剥がせた。靴裏のクッションがまだきれいだ。秀山荘製は他のメーカーの沢靴よりもフェルトが比較的剥がしやすいようだ。モンベル製の場合はかなり剥がすのに苦労し、クッション部分もいっしょに剥がれたりした。

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過去に3回のフェルト交換をした旧モデルは、靴裏に過去のボンドが残っていた。

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沢靴のクッションに残ったボンド等をサンドペーパーで削って平らにする。上の写真のようにきれいに剥がせた場合は簡単にでよい。過去のボンドが残った旧モデルの方は、しっかりサンドペーパーをかけた。サンドペーパーの目は荒目を使う。

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次に、フェルトを剥がした靴を交換に使うフェルト板の上に置いて、ペイントマーカーホワイトで縁取りをする。この作業はフェルトを剥がす前にやってもよい。ここで重要なのは、靴裏よりやや大きめに縁取りをすること。特に減りの速いつま先部分は、余裕をもって大きめに縁取りすることがポイントである。靴裏よりフェルトの方が大きい場合には、後でカッターではみ出した部分を削って何とでもなるが、靴裏よりフェルトの方が小さいと修正は不可能となる。

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縁取りに合わせてカッターナイフで切り出す。下にダンボールなどを置いた方がよいだろう。1回ではフエルトの底までカッターの刃が抜けないが、何度かカッターを入れてなぞっていけば、うまく切り取れる。

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切り出したフェルトにボンドの前塗りを行う。ボンドが生乾きの状態で金槌で表面を叩いて、フェルトの起毛を抑える。この作業を行うことで、フェルトの接着面が平らになり、接着が確実なものとなる。

前塗りが乾いたら、ボンドを交換用フェルトと靴裏のクッション部分に塗る。塗る順番は、フェルトが先である。

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ボンドがべたつかなくなるまで15〜20分ほど乾かしたら、沢靴とフェルトを貼り合わせる。かかと部分から慎重に合わせていくのがよいだろう。つま先部分はフェルトの減りが速いので、フェルトが靴のつま先よりもはみ出している方がよい。この時に、沢靴とフエルトの間にレジ袋を挟んだまま位置を決めるという方法もある。フエルトが動かないように端からレジ袋を抜くとうまく貼り合わせられる。合成ゴム系の接着剤がプラスティックと接着しないことの応用である。

あとは履いたり、金槌で叩いたりして、フエルトソールに圧力を加える。ビニールテープなどでグルグル巻きにして、1日放置する。

最後の仕上げとして、余分にはみだしたフエルト部分をカッターナイフでカットする。そんなに綺麗に仕上げる必要はない。履いているうちに、フエルトの形が沢靴に合うように変わってくるので。

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これでフェルト貼り替えは一段落だが、ついでにナイフのメンテナンスも行った。砥石で研いで切れ味を増す。

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家庭用の包丁もついでに研ぐ。

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この作業で午後を丸々使った。作業終了後は早速、一杯! 石徹白で買った激辛味噌は冷や奴にもよしで、お酒が進む。

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October 06, 2020

和泉葛城山 コースケ滝谷:圧巻の100mナメ滝と倒木地獄

9月一杯で今シーズンの沢は終了したつもりでいたが、10月に入っても、関西ではいまだ気温が高く、充分に沢に行ける気候である。そんな時に、たっさんから、「週末の予定が空いているのでどこか行かない?」いうお誘いがあった。どこに行くべきか迷ったが、近場の和泉葛城山に100mのナメ滝があるらしいという情報を得たので、早速、その滝を見に行くことにした。たっさんにとっては、5年ぶりの沢歩きとなるらしい。目的の100mのナメ滝があるコース滝谷は、そこそこ滝もナメもあって迫力も美しさもあった。近場にこんなよい沢があったとは驚きであった。噂の100mのナメ滝であるコースケ滝は特に圧巻だった。一方で、一昨年の台風被害による倒木が美しいナメを覆ってしまっていたのは残念であった。これらの倒木さえなければ、和泉の沢としてはダントツのよい沢と言えるだろう。

【日程】2020年10月3日(土)
【山域】生駒・金剛・和泉
【渓谷名】紀ノ川水系 西谷川 コース滝谷
【メンバー】たっさん、マメゾウムシ
【天候】晴れ
【コー スタイム】和泉葛城山展望台駐車場8:33~三股9:42-10:09~コースケ滝下10:59-11:14~630m二俣12:15~和泉葛城山展望台駐車場13:23

コースケ滝谷は、和泉葛城山の南面(和歌山側)に流れを発する。和泉葛城山は、紀泉高原スカイラインが山頂部を通っているので、車で山頂部にアプローチできる。大阪側からコースケ滝谷にアプローチするならば、和歌山側からよりも、山頂部に車でアクセスした方が距離的にも近い。よって、山頂部の展望台駐車場に駐車して、南にのびる尾根をコースケ滝谷出合に下降してから遡行することにした。

前夜に和泉葛城山に向かったが、なんと牛滝温泉からの林道(林道牛滝線)が土砂崩れのため通行止めであった。おかげで、犬鳴山温泉まで大きく迂回することになってしまい、予定の倍近い距離と時間がかかってしまった。後でわかったことだが、林道による迂回路があったらしい。事前にもう少し調べておくべきだった。

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この夜は満月ということで、駐車場で月を見ながらビールと日本酒を楽しんだ。金曜の夜ということもあり、結構、車の出入りが多かった。酔いが適度に回ってきたところで眠りについた。

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翌朝は遅めの起床で、準備を始めた。

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展望台にある東屋の右側から、コースケ滝谷出合である三股へ下降する尾根に取り付いた。

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この尾根は、地形図には道がついているものの、上部は笹藪に覆われたりして、道がかなり消えかけていた。

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所々に倒木もあって歩きにくい。一方で、下部は道がしっかりしていて、目印もつけられていた。三股まではほぼ尾根に忠実な下降だった。

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コースケ滝谷の堰堤下に出た。出合よりも少し上流である。ここで沢装備を装着する。この堰堤は左から越える。

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スタートは、和泉の沢らしいじじむさい渓相だ。

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大きな堰堤が現れ、左から越える。

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すぐに最初の滝である7m滝が現れた。

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初老2名は無理せずに、少し戻った所から左岸を巻いた。

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つづく2m滝は難なく越える。

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10m滝が現れる。

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右のクラック沿いを登る。

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2mナメ滝。その後は小滝とナメがつづく。

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2m滝。

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2段というか、手前がナメの2m斜滝で奥が2m。

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2mのナメ斜滝。

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ナメ。

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2条2m滝。

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倒木が流れを覆うようになる。倒木の下には2mほどのナメ斜滝があった。

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美しいナメが倒木に覆われているのは残念だ。この倒木はおそらく2年前の台風21号によるものだろう。

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ナメ。

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ナメと小滝。

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ナメがつづく。じじむさい沢が多い和泉の沢としては、なかなかの美しい渓相である。

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突然、大きな岩が目立つようになる。

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2mのナメ滝だが、岩盤はさらに奥まで続いている。

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その奥が100mのナメ滝であるコースケ滝だった。上部まで続くなかなか迫力のある滝である。和泉の沢にはこのような滝はほとんどない。直登は、手がかりがなさそうで、フリクション的にもきつそうだったので、左側の樹林沿いを登ることにした。

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コースケ谷の中間部。

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掴む木はたくさんあるので、ロープは使わなかった。

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コースケ滝上部。

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コースケ滝を見下ろす。落口に出るところで、念のためロープを出したが、すぐに落口だった。

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その上もナメはつづく。

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3m斜滝。

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コースケ滝で大きな滝は終わりかと思ったら、10mのナメ滝が現れた。

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右岸から巻くが、泥壁部分は滑りやすかった。

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まだナメが現れる。

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だんだん倒木がひどくなる。倒木が美しいナメを覆ってしまっているのは実にもったいない。

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完全に流れが倒木に覆われてしまった。倒木の下を潜ったり、上をまたいだりして、実に難儀しながらの通過となった。

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斜面に倒木が目立つ。倒木の原因は、2年前に関西に大きな被害をもたらした台風21号と思われる。それよりも過去であれば、美しい谷の中を快適に遡行できたのかもしれない。

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ナメの上を2条に水が流れているところが二俣だった。ここは左俣を進む。

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大きな岩と倒木が目立つ。斜面から崩れてきたのだろう。

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さらに倒木がひどくなるとともに、トゲのある草木の藪漕ぎとなり、遡行が困難を極めるようになる。やがて稜線から落ちてきたであろうタンクなど人工物が目立つようになる。

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沢に忠実な直進は二進も三進も行かなくなり、左の樹林に逃げることにする。

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樹林内に逃げると、ササはあるが、藪漕ぎとしてはかなり楽になる。

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アケビがあったので、甘い果肉を口に入れる。元気が出たところで、最後の一踏ん張り。

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まもなく建物の裏に出て、建物を回り込むようにして展望台に出た。運よく観光客を驚かすことはなかった。下降が先だったので、下山がないのは何とも言えない気分だ。

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沢装備を解除してから、サンダルで石段を登って、和泉葛城山のピークも踏んでおいた。

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和泉葛城山のブナ林は、ブナの日本の分布南限にあたる貴重な林であるが、衰退が進んでいるようだ。

コースケ滝谷は、滝もナメもそこそこあって、迫力も美しさもあった。近場にこんなよい沢があったとは驚きであった。噂の100mのナメ滝であるコースケ滝は特に圧巻だった。一方で、一昨年の台風被害による倒木が美しいナメを覆ってしまっていたのは残念であった。これらの倒木さえなければ、和泉の沢としてはダントツのよい沢と言えるだろう。

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コースケ滝谷の遡行図です。

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October 01, 2020

禁漁前最後のテンカラ釣りは通い慣れた奥美濃にて

禁漁前最後のテンカラ釣りは、9月最後の週末を利用して通い慣れた奥美濃方面の予定だった。奥美濃にあるワンゲル部山小屋をベースにしてである。しかしながら、直前の天気予報はよくなかった。特に土曜日の天気が悪いとのこと。そこで月曜日に休暇取得をして、日月で行くことにした。この日程変更で、残念ながら若者1名の参加が見送りになってしまった。一方で、ワンゲル部OBのHくんはすでに月曜日は休暇を取得しているとのことで、Hくんと2人で行くことにした。

土曜日の午後に奥美濃へ移動したが、奥美濃は予報通り雨であった。日曜日の天気はあまり期待していなかったのだが、山小屋周辺はとりあえず天気がもちそうだったので、以前から気になっていた谷を調べることにした。案の定、朝の野伏ヶ岳方面は厚い雲に覆われていた。

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谷に入ると魚影はあるものの、まったく毛鉤に反応がない。途中、滝、堰堤とあり、それらを越える。ナメもあって、思ったよりきれいな渓相だ。谷の周囲も自然林でいい感じだ。

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しばらく忍耐の時間があったが、ようやく1匹目が釣れた。チビイワナだった。

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それで終わってしまうのかという状況がしばらく続いたが、ある所から急に釣れ出すようになった。

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ポイントに毛鉤を落とせば、まず釣れるという状態になる。

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先日の沢行でようやくテンカラでの初イワナをゲットしたHくんも釣り上げた。

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33cmほどの尺イワナも釣れた。ダメ元で入ったのだが、予想を裏切る満足な釣果で、なかなかの新規開拓であった。禁漁前最後となる翌日も期待したい。

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適当な所で切り上げて、山小屋に戻り、早速、一杯始めた。

禁漁前最後となる翌日は、これまで実績のある某谷へ。ところが、思ったほどポンポンとは釣れなかった。昨シーズンもそうだったが、禁漁前の駆け込みで、最後の週末に谷の奥まで入ってきた釣り人がいた感じがする。

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それでも釣れないわけではない。

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Hくんも2日続けてしっかり釣り上げ、何かを掴んだようだ。

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最終的な釣果としては悪いわけではなかったので、禁漁前最後としてはワガママは言わない。

最終日のアタリシーンを動画に編集してみました。

今シーズンは、新型コロナウイルス流行による自粛と梅雨の長雨でシーズンインが遅かった沢とテンカラ釣りだが、終わりヨシで悔いなく終わることができた。次はいよいよスキーシーズンの到来だが、その前にキノコと紅葉の季節がある。少々のクライミングとアキレス腱炎が悪化しない程度のランニングもしておきたいところだ。

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