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December 12, 2016

捻挫しても歩き通した大峯奥駈道 4日目(玉置神社〜熊野本宮)

捻挫しても歩き通した大峯奥駈道の最終日である4日目(玉置神社〜熊野本宮)の記録です。概要については1日目の記録をご覧下さい。

夜に降った雨でストックシェルターの内部はだいぶ結露したが、あずまやのおかげで水没は免れた。その雨も深夜には止んでいたようだ。いよいよ今日は最終日。左足首の捻挫が気になるが、ゆっくりでもなんとか熊野本宮までは行けるはず。前日に売店で購入しためはり寿司を食べて、コーヒーで体を温めたら出発だ!

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前日に展望台まで戻った車道を再び玉置神社まで歩き、まずは本社をお参りした。玉置神社から奥駈道を歩き出したのが、ちょうど5時であった。

明るくなるまではゆっくりと進み。大森山への登りで日の出となったが、今日は雲が多かったせいか日の出のシーンは見られなかった。第9靡である水呑宿は奥駈道から少々離れた所にあるらしく、分岐にも気付かないまま通過していた。

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最後の1000m峰である大森山を通過。ここまでの登りは結構きつかった。この後も、アップダウンに苦しめられるのだが。

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第8靡である岸の宿は篠尾辻の手前だったらしいが、気付かずに通過してしまい、第7靡である五大尊岳の北峰に到着。この後に五大尊岳の南峰が続く。ここから金剛多和への下りはなかなか急峻で、ゆっくり慎重に下るが、左足首に体重がかかると激痛が走るため一苦労。

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第6靡である金剛多和(六道の辻)を越えて一登りすると、第5靡きである大黒岳だが、山頂は大黒天神岳となっている。

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大黒天神岳から山在峠までの下りで熊野川が姿を現す。いよいよ終着点が近いことで気持ちが高揚するが、左足首の痛みでスピードは出せない。

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山在峠の手前でシカ用の防護網にシカが首をからめて動けない状況に遭遇する。助けようとも思ったが、近づくと暴れる。下手に手を出して蹴っ飛ばされて怪我をするのは避けたい。やむを得ないが、放置することにする。

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山在峠、第4靡の吹越山、吹越峠を越える。

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本宮の町が見えてきた。

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七越峰を通過。

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七越峰からはもう下りしかないと思っていたが、まだアップダウンがあった。最後まで苦しめてくれます。

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ついに山を下りて熊野川の目の前に出ました。

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対岸へ橋を渡る。

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熊野本宮へ車道を歩く。

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ついに着きました!

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階段を登って。

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神殿にお参りして、4日間に渡る大峯奥駈道の旅が終わったのであった!

4日目の行動は約20kmを8時間ほど。ちょっと時間がかかりすぎだが、この足首の状態ではやむを得ない。むしろこの状態でよく50kmも歩けたと思う。3日での縦走は無理ではないが、時期と体調そして軽量化を考えないとね。今回は冬山のトレーニングも兼ねていたので、あえて少々装備を重めにしたのだが、怪我をしたのは身体の経年劣化もあるかな。

熊野本宮から大阪に戻るには、バスで紀伊田辺に出てJRに乗り換えるのだが、やはり身体をきれいにしてから帰りたい。今年の夏に葛川本流を遡行した帰りに立ち寄った大露天風呂で有名なわたらせ温泉へ向かうことにする。紀伊田辺へ向かうバスを途中のわたらせ温泉で下車する。

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入浴後はもちろんこれでしょう!

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お腹も空いていたので、豚丼も注文。

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帰りの特急くろしおでは居酒屋くろしおを開店!

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左足首を確認すると、やはり晴れているな。

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帰宅した翌日にはさらに腫れて、びっこを引いて歩く羽目に。やはり50kmを捻挫した状態で歩いた代償は大きかった。

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幸いながら、骨には異常なしで、剥離骨折はしていなかったもよう。現在、下山してから1週間経ち、ようやく腫れと痛みが治まってきました。12月の3連休までには回復を間に合わせねば。こんな代償を負っても大峯奥駈道は思い出に残る山行でした。

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捻挫しても歩き通した大峯奥駈道 3日目(持経ノ宿〜玉置神社)

捻挫しても歩き通した大峯奥駈道3日目(持経ノ宿〜玉置神社)の記録です。概要については1日目の記録をご覧下さい。

本日もヘッドライトを点けて、持経ノ宿を3時18分に出発。気温は高めで寒さは感じない。

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持経千年檜は「森の巨人たち百選」に選ばれたヒノキの大木。暗いので大きさがわかりにくい。

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時々見かける千日刈峰行の記念碑。これは、歩く人がいなくなってただの藪と化していた南奥駈道の復興を目指して、新宮山彦ぐるーぷが昭和59年から行った奉仕活動の記念碑である。山伏の千日回修行になぞらえて「千日刈峰行」と名付けられたそうだ。

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第21靡である平治宿を通過。ここも新宮山彦ぐるーぷが維持管理している。

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転法輪岳を越え。

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倶利伽羅岳も越えて。

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第19靡の行仙岳にはテレビ中継塔など通信施設がある。第20靡の怒田宿の跡は行仙岳のすぐ手前にあった。

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持経ノ宿から3時間で行仙宿山小屋に到着。この小屋も新宮山彦ぐるーぷが維持管理している。ここまでは左足首の痛みは耐えられたが、この先から痛みが増していった。

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今日も日が出てくれました。当たり前のことですが、自然の恵みに感謝しないとね。

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朝日に染まる木々。

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傘捨山の登りに入る。

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第18靡の傘捨山に到着。ここでスマホの電波が入ったので状況報告。

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下りでまったく駄目になる。葛川辻を過ぎて、高圧電線を横切ったら、地蔵岳への登りに入る。

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地蔵岳周辺は鎖場が続くが、このあたりが第17靡の槍ヶ岳になる。

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左足首の痛みをこらえながら地蔵岳を通過。

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第16靡の四阿宿を通過。第15靡の菊ヶ池と第14靡の拝返しはおそらく気付かないまま通過。

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第13靡の香精山。ここからの下りで家族連れのハイカーとすれ違う。
貝吹金剛からは南西方向にまっすぐな下りが続く。走りたいところだが、走れないのがつらい。

古屋の辻を正午前に通過。このあたりが第12靡の古屋宿。ここから林道を時折右に見る。第11靡の如意珠岳はいつの間にか通過。

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午後になると空は雲に覆われ、天気予報通りに雨が降り出しそうな天気になってきた。3日で行くことは諦め、今日の行動は玉置神社までとする。単調な道を急ぐとする。

花折塚で雨がぱらついてきたので、雨具を着る。

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第10靡である玉置山に14時10分に到着。持経宿から11時間近くが経過していた。ここまで下り基調で23kmほどなのにこれだけ時間がかかったのは、やはり左足首の捻挫の影響は大きい。

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玉置山から下って、玉置神社に着くと、観光客が多い。できれば足りない食糧を補給したいので、売店を探したが、社務所の近くにはなかった。仕方なく水だけ補給する。

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駐車場に行くとなんと売店があった。足りない食糧が補給できる! 早速、サンマ寿司とビールを購入していただく。感激! 朝食用にめはり寿司も購入し、食糧危機はこれで回避できた。缶ビールをもう1本いただく。売店のおじさんに焼酎のお湯割りまでご馳走になり、話がはずんだ。最後に晩酌用の日本酒を購入してから、途中に通った展望台へ車道を45分歩いて戻った。

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展望台にはトイレとあずまやがあり、なんとか雨がしのげる。あずまやの下に初使用のストックシェルターというツエルトを設置し、今宵の宿とする。このツエルトはストックを2本使うことで自立する。ちなみに玉置神社には宿坊があり、奥駈道縦走者は泊まることができるらしいが、事前予約が必要とのこと。

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日本酒の熱燗を飲み終わったところで二次会を終了し就寝した。明日は残り20km、足首が痛くてもなんとか歩き通せるだろう。

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捻挫しても歩き通した大峯奥駈道 2日目(行者還小屋〜持経ノ宿)

捻挫しても歩き通した大峯奥駈道2日目(行者還小屋〜持経ノ宿)の記録です。概要については1日目の記録をご覧下さい。

前夜は寝ずに歩いたため、ぐっすりと寝入ってしまっていた。3時起床のはずがちょっと寝坊してしまい、3時15分に目を覚ます。テキパキと朝食等を済ませる。

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4時17分に暗い中をヘッドライトを点けて出発。星がきれいに見える。出発時は風もあり、放射冷却でだいぶ冷え込んでいた。時々、シカが逃げていく足音が聞こえる。木の上で小動物がこちらを見てチョコチョコ動いているのが目の反射で分かる。どうやら動きと大きさからリスっぽい。

第57靡の一の多和は行者還トンネル東口への分岐近く、第56靡の石休宿は弁天森の近くであったが、意識せずに通過してしまった。

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弁天ノ森あたりかで6時を過ぎ、空が白み始めた。このあたりから気温が上がりだし、風もなく、寒さを感じることはなくなった。

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前方に弥山の姿が現れた。

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第55靡の講婆世宿(聖宝の宿)を過ぎて登りにさしかかると、行者還トンネルから登って来たと思われる登山者と会う。6時35分に日の出となった。

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モルゲンロートに美しく染まる木々!

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弥山小屋に到着。第54靡の弥山は以前に行者還トンネルから、あるいは天川川合から登ったときに山頂を踏んでいるので省略。第53靡の朝鮮ヶ岳は縦走路より離れるのでこれも省略。まっすぐ大峰最高峰である八経ヶ岳に向かう。

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第52靡の古今宿は大山蓮華の保護区内にあるそうだが、このあたりだろうか? 気づかずに通過。正面には八経ヶ岳。

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大峰最高峰である第51靡の八経ヶ岳に到着。確か今回で4回目の登頂かな。この先は未知のルートです。

第50靡の明星ヶ岳は山頂を踏まずに縦走路に忠実に通過。この頃から急激にペースが落ちてくる。どうやら疲労が出てきた模様。ちょっと左足首が痛むのが気になる。場所が特定されていない第49靡の菊の窟はこのあたりだが、写真を撮る余裕さえもなかった。第48靡の禅師の森、第47靡の五鈷嶺は気づかずに通過。鞍部である第46靡の船の多和を通過し、第45靡の七面山をおそらく前方に見ているのだが、写真には撮っていなかった。

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楊枝の森から八経ヶ岳を振り返る。

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第44靡の楊枝の宿を通過。この先で登山者2名とすれ違う。

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第43靡の仏生ヶ岳は縦走路から少し離れるのだが、ザックをデポして空身で行ってみた。第42靡の孔雀岳も縦走路から離れるが、こちらは疲労のために省略する。

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正面に険しそうな釈迦ヶ岳が見えてきた。第41靡の空鉢岳はこの途中にある岩峰のようだ。

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釈迦ヶ岳の手前で、通過してきた八経ヶ岳方面の山々を振り返る。

釈迦ヶ岳への登りは急な鎖場となっていた。山頂からの登山者数名とすれ違う。息が上がるし、左足首が痛む。

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第40靡である釈迦ヶ岳に正午過ぎに到着。太尾登山口から登って来た登山者と奥駈道についての会話を交わす。カップのカレーうどんを昼食に食べようとするが、カップに穴が空いていたため、コッフェルに移し替えてからお湯を入れて食べた

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第39靡の都津門は気づかずに通過して、第38靡の深仙宿を通過。左足首の痛みが酷くなって、下りはペースを上げられない。左足首は気付かぬうちに捻挫していたようだ。体重をかけると激痛が走る。下りのスピードがないとコースタイムは縮められない。今回は下りは走れるようにとトレランシューズをチョイスしたが、重荷との組み合わせはよくなかったのかもしれない。多少重くても足首がサポートされる登山靴の方がよかったのかもしれない。まあ、こうなってしまってからでは仕方が無いが、3日での縦走が厳しくなってきた。第37靡の聖天の森、第36靡の五角仙は気付かぬうちに通過。縦走路から離れる第35靡の大日岳と第34靡の千手岳は時間節約のために省略する。

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第33靡の二ツ石(太古の辻)で前鬼からの登山道を左に分け、この先は南奥駈道になる。つまり半分を来たことになる。

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太古の辻からすぐに南を登ったところが第32靡の蘇莫岳で、その後に石楠花岳、天狗山とアップダウンが続く。

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トレラン向きの斜面が続き、走りたいところなのだが、左足首が痛くて走れないのは実に悔しい。第27靡の奥守岳は特徴のない尾根上の高まりだった。

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第26靡の子守岳(地蔵岳)を通過。

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第25靡の般若岳と第24靡の涅槃岳とアップダウンを越える。左足首が限界に近づいている。今日は夜間も歩き続けるつもりだったが厳しそう。目的地を行仙宿から持経宿に変更する。

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涅槃岳を越えたところで日の入り。

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第23靡の乾光門は証誠無漏岳に位置する。その後に阿須迦利岳への鎖場があり、ヘッドライトを点けて通過する。本日最後のピークだが、疲れた体で阿須迦利岳を越えるのは結構きつかった。

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17時25分に第22靡である持経宿の山小屋に到着。部屋の照明が点くのには驚いた。洋式のトイレもある。こんな素晴らしい小屋と南奥駈道を維持してくれている新宮山彦ぐるーぷには大変感謝である。

2日目の行動距離は26.7km、行動時間は13時間ちょっとであった。2日間でほぼ60km歩いたので、奥駈道の残りは40kmほど。これからは下り基調で標高は徐々に下げていく。熊野本宮到着が遅くてもよければ、1日で行って行けない距離ではない。ただし翌日は午後から雨予報なので、明朝はどちらにしてもできる限り早く出なければならない。この時点でまだ3日での縦走を完全には諦めてはいなかった。さっさと食事を取って、軽く残っていた焼酎をお湯割りで飲んでから就寝したが、小屋にネズミがいるらしくガサゴソする音に何度も目を覚ましてしまった。ひょっとしたら幽霊?

3日目につづく

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December 11, 2016

捻挫しても歩き通した大峯奥駈道 1日目(近鉄吉野駅〜行者還小屋)

以前からやってみたかった大峯奥駈道の完全縦走。部分的には沢登りついでに、もしくはピークハントの際に歩いているが、奥駈道全部を通して歩いてはいなかった。今回、冬山前のトレーニングも兼ねて、近鉄吉野駅から熊野本宮まで縦走してきました。スピーディーに3日間で縦走するつもりが、2日目に捻挫してしまい、苦しみながらもなんとか4日間かけて熊野本宮までたどり着けました。

【日程】2016年12月2日(金)〜5日(月)
【山域】大峰
【場所】大峯奥駈道
【メンバー】マメゾウムシ
【天候】12/2 晴れ(明け方に霧)、12/3 晴れ、12/4 晴れのち雨、12/5 晴れ
【コー スタイム】
12/2 近鉄吉野駅0:06〜金峯山寺0:35〜吉野水分神社1:25〜金峯神社2:00〜大峰登山口(分岐誤り)2:45〜引き返し地点3:09〜正しい分岐点3:19〜四寸岩山4:21〜足摺小屋4:39〜二蔵宿小屋5:38〜大天井ヶ岳7:00〜五番関7:49〜洞辻茶屋9:38〜山上ヶ岳10:25-48〜小笹ノ宿11:21〜阿弥陀ヶ森11:53〜大普賢岳13:02〜七曜岳14:22〜行者還小屋15:28(泊)
12/3 行者還小屋4:18〜一ノ峠5:22〜奥駆道出合5:45〜聖宝ノ宿跡6:30〜弥山7:12〜八経ヶ岳7:40〜舟ノ峠9:06〜楊子ノ宿9:44〜仏生ヶ岳10:31〜釈迦ヶ岳12:26-49〜深仙ノ宿13:17〜太古の辻13:45〜天狗山14:25〜嫁越峠14:51〜地蔵岳15:12〜涅槃岳16:34〜証誠無漏岳16:52〜阿須迦利岳17:14〜持経ノ宿17:26(泊)
12/4 持経ノ宿3:18〜平治ノ宿4:05~転法輪岳4:30〜倶利伽羅岳4:56〜行仙岳6:17〜行仙宿山小屋6:35〜笠捨山8:25〜地蔵岳9:25〜香精山11:12〜塔ノ谷峠11:09〜古屋の辻11:43〜蜘蛛ノ口12:10〜花折塚13:23〜玉置山展望台13:48〜玉置山14:12〜玉置神社14:17-45〜玉置山展望台15:30(泊)】
12/5 玉置山展望台4:02〜玉置神社4:48〜玉置辻5:27〜大森山7:10〜五大尊岳(北峰)8:31〜大黒天神岳10:00〜山在峠10:39〜吹越宿跡10:56〜吹越峠11:24〜七越峰11:43〜熊野本宮12:51

大峯奥駈道には75靡とよばれる75箇所の行場がある。単なる縦走では面白くないので、今回はその行場を可能な限り確認していこうと決めた。そのために以下の書籍を読んで予習までして臨んだ。

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75靡のうち第49靡の「菊の窟」はいまだ場所が特定できてない魔所とのことで、縦走路からなんらかの形跡を見つけられないか、ちょっと冒険的な気持ちもあった。ロープ等の登攀具は持って行かないので、遠方から確認するだけしかできないのだが、2日目に捻挫してしまったことで、そんな余裕は実際には無くなってしまったが...

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1日目(12月2日)(近鉄吉野駅〜行者還小屋)

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12月1日の22持ぐらいに自宅を出て、近鉄吉野駅に最終の1本前の電車で0時前に到着。私以外に降りた客はいなかった。ヘッドライトを点けて吉野山への道を歩き出す。今日は仮眠せずに歩き続けるつもりなので、長い1日になりそうだ。

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30分ほどで金峯山寺に着く。

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静まりかえった第73靡の金峯山寺蔵王堂。車道は時々車が通過する。

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大峯奥駈道を示す標識が現れた。奈良県内ではこの標識が適当な間隔で配置されていて助かったが、4日目に和歌山県に入ると見られなくなった。

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第72靡の吉野水分神社を通過。

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第71靡の金峯神社を通過。

この後、林道から登山道に入ったりするのだが、夜道はヘッドライトだけだと分岐を間違いやすい。霧が出るとさらにわかりにくい。それで四寸岩山への分岐を見過ごしてしまい、吉野新道の方に入ってしまった。本来は尾根道のはずがトラバース道だったため、GPSで道が間違っていることを確認し、25分ほどで本来の分岐点に戻ることができた。夜歩く時はGPSは必携です。

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最初の1000m峰である四寸岩山を通過。

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小雨がぱらつき、寒かったので、四寸岩山から下ったところにある足摺小屋で休憩。

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中はこんな感じで、土間なので、宿泊には不向きと思われる。

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足摺小屋から比較的すぐに二蔵宿小屋。ここは第69靡。11月〜3月は閉鎖されていて使えません。

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大天井ヶ岳への登りに入ると、周囲が明るくなってきた。

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大天井ヶ岳に到着。ヘッドライトをしまう。

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大天井ヶ岳から下って五番関を通過。女人結界門なので、ここから山上ヶ岳一帯にかけて女人禁制です。

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標高が高くなってくると霧氷が目立つようになる。

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このあたり零下だったようだ。木段など凍っているところもあり要注意。

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洞辻茶屋を通過。ここは第68靡の浄心門になる。洞川からの登山道とも合流する。ここでようやく人と会う。

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洞川から山上ヶ岳へ は何度か登っているので馴染みである。

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山上ヶ岳の大峯山寺に到着。ここは第67靡である。

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山上ヶ岳の山頂にも立つ。晴れてはいるけど、気温は低く寒い。ここまで吉野駅から10時間が経過。長めの休息とする。

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第66靡の小笹ノ宿までは山上ヶ岳から30分ちょっと。ここは豊富な水場があり、以前泊まったことがある。まだ正午前なので進みます。

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第65靡である阿弥陀ヶ森の女人結界門を出る。ここからは女性も歩けます。

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第64靡の脇ノ宿はいつの間にか通過していて、大普賢岳への登りに入る。

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第63靡の大普賢岳に到着。ここは和佐又からピークハントに来たことがあり。また神童子川ノウナシ谷を遡行した際に、下山のために大普賢岳から行者還小屋まで歩いたこともある。

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これから目指す弥山方面の山々。

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山上ヶ岳を振り返る。

大普賢岳から行者還小屋までがアップダウンに苦しめられ、寝不足と疲れもあり、思ったよりだいぶ長く感じた。第61靡の弥勒岳、第60靡の稚児泊、第59靡の七曜岳は意識しないまま通過していた。

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ようやく行者還岳の正面に到着。ここは第58靡だが、以前に山頂は踏んでいるので、そのまま行者還小屋へ行くことにする。

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途中の水場で水を5L補給しておく。

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本日の宿である行者還小屋に到着。今日は33.2km、15時間半にも及ぶ行動距離と時間であった。

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小屋の内部はきれい。トイレもあるし、毛布もある。ビールで乾杯。ここで大失態に気付く。なんと主食のアルファ米4食分を家に忘れたことに気付く。行動食を節約してなんとか3日はもたせることにする。4日となった場合は、最終日は食べないで行動することも覚悟した。寝不足なので、この日は早めに就寝とした。

2日目につづく

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