利他行動の進化
中百舌鳥キャンパスで生物科学科1年生に行っている生物学IIの講義は、今日が最後の授業で、来週に学期末試験を行います。最後の内容は「利他行動の進化」です。
これまでの講義では、進化の根本が「自分の子孫(遺伝子のコピー)をできる限り多く残すこと、すなわち個体の適応度を高めること」であることを繰り返し説明してきました。そのための生物個体の行動は「利己的」なものです。ところが多くの生物には「利他的」に見える行動が見られます。これは一見矛盾するように思えますが、このような利他行動も個体の適応度の観点から説明できるというのが、今回の講義テーマでした。
まずは、高等な動物に一般に見られる「親による子の保護行動」について説明しました。これは親自身の適応度を高めるための行動と見なせますが、まったく子の保護をしない動物もいます。これはなぜでしょうか?それは保護にコストがかかるからです。親にとって子を保護することは、適応度的に現在育てている子の生存率を上げるという利益になりますが、保護行動は将来の繁殖のための時間およびエネルギーを奪うことになり、将来産む子の数が減少するというコストを伴います。このコストが利益を上まわれば、親による子の保護行動は進化しないでしょう。
よって個体の適応度が上がるのであれば、利他的に見える行動は十分に進化し得るのです。ところが社会性昆虫と呼ばれるハチやアリの仲間には、自らは繁殖せずに弟や妹たちの世話をするワーカーと呼ばれる特殊な個体(カースト)が存在します。自分の子を残さないということでは適応度はゼロです。不思議なことに、このような利他的行動をする個体は次世代を残さないにもかかわらず、そのような利他的性質が集団全体から失われることはありません。これはなぜでしょうか?
利他行動を行う不妊のワーカーの進化については、故Hamilton, W. D.博士による血縁選択説の提唱によって初めて説明が可能になりました。血縁選択説は、血縁者が子を残すことによっても、自分が持っている遺伝子のコピーが次世代に伝わるというものです。血縁が近い個体ほど自分が持っている遺伝子を持っている確率が高くなります。この確率のことを血縁度といいますが、ワーカーは血縁度が高い弟や妹の世話をすることによって、新女王あるいはオスを通して、自分と同じ遺伝子のコピーを次世代に伝えることができるのです。当然ながら次世代に伝わる遺伝子のコピーの中には利他行動を支配する遺伝子も含まれていることになります。
このように血縁者への利他的に見える行動も個体の適応度の観点から説明できるのです。Hamilton博士は適応度に血縁者への効果を組み込んだ包括適応度という概念も提唱されています。
ところが、世の中にはやはり例外があります。一部の動物には非血縁者への利他行動が見られるものもあります。これらの場合においても、個体の適応度の観点からの説明が可能です。これは利他行動を行う方が行わない場合よりも適応度の増加が期待できるからです。
個体の適応度という観点では、自分の適応度を下げてまでして、非血縁者の適応度を上げるような行動は進化しません。唯一、それができるのは理性のある人間かもしれませんが。一部の理性的な人にのみ、なぜそのような行動ができるかについては、別な機会に考えることにします。
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